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ジャン=アンリ・カジミール・ファーブル(、1823年12月21日 - 1915年10月11日)はフランスの博物学者であり、また教科書作家、学校教師、詩人としても業績を遺した。昆虫の行動研究の先駆者であり、研究成果をまとめた『昆虫記』で有名である。同時に作曲活動をし、プロヴァンス語文芸復興の詩人としても知られる。 == 概説 == 南フランスのアヴェロン県にある寒村サン・レオンに生まれ、3歳のとき山村にある祖父母の元に預けられ、大自然に囲まれて育った。7歳の時祖父母のいるマラヴァルから呼び戻され、父母と弟のフレデリックの4人で暮らせる様になり、小学校に入学した〔奥本大三郎監修 津田正夫著 『ファーブル巡礼』 《 新潮選書 》新潮社 2007年 74ページ〕。父の家業が失敗し、14歳で学校を中退するが、師範学校を出て中学の教師になり、物理学、化学の普及書を著した。コルシカ島、アヴィニョンを経てセリニアン(セリニャン・デュ・コンタ)で暮らし、様々な昆虫の観察を行い、それらをまとめて発表したのが『昆虫記』である。 ファーブルが生きていた当時、彼の業績は祖国フランスではあまり理解されなかった。業績が評価されていった。ファーブルの開拓した行動学的研究は、その後フランスよりもカール・フォン・フリッシュやコンラート・ローレンツのようなドイツ語圏、あるいはニコ・ティンバーゲンのようなオランダ語圏の研究者に継承されて発展を遂げることになった。また、日本でも読まれ、昆虫学の普及に役立った。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ジャン・アンリ・ファーブル」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Jean-Henri Fabre 」があります。 スポンサード リンク
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