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コリン・バージェス(Colin Burgess、1946年11月16日 - ) はオーストラリアのミュージシャン。1968年から1972年までザ・マスターズ・アプレンティシズ(The Masters Apprenticesのドラマーを務め、1973年にはAC/DCの結成に参加した。 1973年11月にAC/DCが結成されたときのラインナップは、マルコム・ヤング(リズムギター)、アンガス・ヤング(リードギター)、デイヴ・エヴァンス(リード・ヴォーカル)、ラリー・ヴァン・クリート(ベース)と、バージェス(ドラム)だった。 しかしバージェスは、1974年2月に、酔っぱらってステージに上がったため解雇された。後釜はすぐには決まらず、しばらくの間は何人ものドラマーたちが入れ替わりながら穴を埋めていたが、最終的にはフィル・ラッドがメンバーとして固定された。1975年9月に、ラッドがメルボルンで喧嘩に巻き込まれて手を負傷した時には、数週間にわたってバージェスが呼び戻されてラッドの代役を務めた。 バージェスは、兄弟であるデニー(Denny Burgess〔hotsource.com.au About Denny Burgess 〕)とともに、1970年代末から1980年代初めにかけてロック・ポップのバンドHis Majestyを始め、デイ・プリチャード(Dai Pritchard)(後に、Billy Thorpe、Rose Tattooなど)をギターに据えた。このバンドはやがて名を Good Time Charlie と改め、新しいギタリストにジョン・ボティカ(John Botica)を迎えてバンドを再編し、1997年にはプロデューサーにジョン・ロビンソン(John Robinson)(元Black Feather)を迎えたアルバム『''Adults Only''』を発表して、東南アジアをツアーした〔2000 Guitars: Bands-Artists: John Botica - Australian Musician 〕。 1998年、バージェスは、ザ・マスターズ・アプレンティシズの一員として、オーストラリア版のロックの殿堂にあたるARIA Hall Of Fameの殿堂入りを果たした〔ARIA Icons: Hall Of Fame 〕。 その後は、デニーとともにザ・バージェス・ブラザース・バンドと名乗って演奏や録音を続けている。 ==出典・脚注== 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「コリン・バージェス」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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