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サンケイ新聞社 : ミニ英和和英辞書
サンケイ新聞社[やしろ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [しん]
  1. (n,n-suf,pref) new 
新聞 : [しんぶん]
 【名詞】 1. newspaper 
新聞社 : [しんぶんしゃ]
 【名詞】 1. newspaper company 
: [やしろ]
 (n) shrine (usually Shinto)

サンケイ新聞社 ( リダイレクト:産業経済新聞社 ) : ウィキペディア日本語版
産業経済新聞社[さんぎょうけいざいしんぶんしゃ]

株式会社産業経済新聞社(さんぎょうけいざいしんぶんしゃ、)は、フジサンケイグループ新聞社出版社である。フジ・メディア・ホールディングスの持分法適用会社である。通称は産経新聞社(さんけいしんぶんしゃ)。
産経新聞サンケイスポーツ夕刊フジの発行元である。
== 沿革 ==

*1913年大正2年) - 大阪で前田久吉新聞販売店を創業。
*1922年(大正11年) - 旬刊『南大阪新聞』創刊。
*1923年(大正12年) - 『南大阪新聞』を『夕刊大阪新聞』として日刊化。
*1933年昭和8年) - 夕刊大阪新聞社から『日本工業新聞』(現在の産経新聞の前身)を創刊
*1939年(昭和14年) - 『日本工業新聞』の発行元が夕刊大阪新聞社から分社化し、株式会社日本工業新聞社を設立。
*1940年(昭和15年) - 日本工業新聞社が大阪毎夕新聞社、鉄鋼新聞社を吸収合併。
*1942年(昭和17年)
 *『夕刊大阪新聞』と『大阪時事新報』が合併し、『大阪新聞』発刊。
 *政府の新聞統制により、『日本工業新聞』など西日本愛知県以西)の産業経済関係の新聞社33社を合同、株式会社産業経済新聞社設立。『産業経済新聞』発刊。
*1950年(昭和25年) - 東京でも『産業経済新聞』の印刷・発行を開始、東日本に進出、全国紙としての基盤を整える。
*1951年(昭和26年) - 世界経済新聞社を吸収合併
*1952年(昭和27年) - 大阪市北区梅田二丁目に『産経会館』(後の大阪サンケイビル)完成。
*1955年(昭和30年)
 *『サンケイスポーツ』を大阪で創刊。
 *東京都千代田区大手町一丁目に『東京産経会館』(東京サンケイビル)が完成。
 *東京発行の産業経済新聞が『時事新報』と合同して題号を『産経時事』とする。東京支社が分社化して、株式会社産業経済新聞東京本社を設立
*1958年(昭和33年)
 *東京の題号を『産經新聞』に変更〔この当時から片仮名の略称「サンケイ」が採用されている〕。
 *『日本工業新聞』復刊(2代目。2004年にフジサンケイビジネスアイへ改題。後述)。
*1959年(昭和34年)
 *創業者の前田久吉が退任、財界から水野成夫(フジテレビジョン初代社長)を社長に迎える。別法人だった東京・大阪の両本社が合併し、東京側が存続会社(登記上本店を大阪から東京に移転)となって新生・株式会社産業経済新聞社が発足
 *東京・大阪の題号を『産經新聞』に統一
*1961年(昭和36年) - 「皇太子結婚記念『大噴水』」を皇居前に設置、国に寄贈。
*1963年(昭和38年) - 『サンケイスポーツ』東京版発刊
*1964年(昭和39年) - プロ野球国鉄スワローズ』(現:東京ヤクルトスワローズ)の経営に参加。翌1965年(昭和40年)5月10日付けで正式に経営権を取得し、『サンケイスワローズ』となる。
*1967年(昭和42年) - フジテレビジョン(現・フジ・メディア・ホールディングス)、ニッポン放送文化放送と共に『フジサンケイグループ』を結成。
*1968年(昭和43年) - 水野成夫が退任、新社長に鹿内信隆が就任。
*1969年(昭和44年)
 *『夕刊フジ』創刊。
 *題号を『サンケイ』に変更。
*1970年(昭和45年) - サンケイスポーツの発行が『株式会社サンケイスポーツ新聞社』に、夕刊フジの発行が『株式会社フジ新聞社』に分社化。
*1985年(昭和60年)
 *鹿内信隆が社長退任、新会長に鹿内の息子の鹿内春雄が就任。
 *フジサンケイグループの結束を強化するため、統一シンボルマーク目玉マーク』を導入。
*1986年(昭和61年) - 創業者・前田久吉死去。
*1987年(昭和62年)
 *サンケイスポーツの東京版がカラー紙面化。
 *サンケイスポーツ新聞社、フジ新聞社を吸収合併。
*1988年(昭和63年)
 *鹿内春雄死去。鹿内信隆の娘婿の鹿内宏明が会長に就任。
 *題字を『サンケイ』から『産經新聞』に変更、一般紙で初のカラー紙面となる。
*1990年平成2年) - 鹿内信隆死去。
*1992年(平成4年) - 日枝グループにより鹿内宏明会長解任。
*1997年(平成9年) - 専務取締役・清原武彦、社長就任。
*2000年(平成12年) - 東京本社新社屋『東京サンケイビル』完成。
*2002年(平成14年)
 *産経新聞の東京本社版が夕刊を廃止、朝刊単独紙に移行。
 *大阪新聞が廃刊、産経新聞の大阪本社版と紙面統合。
*2004年(平成16年)
 *専務総括主筆・住田良能、社長に就任。清原は会長。
 *日本工業新聞が『フジサンケイ ビジネスアイ』に題号を変更。
 *大阪新聞社を吸収合併。
*2005年(平成17年) - 大阪本社新社屋『難波サンケイビル』完成。
*2006年(平成18年) - タブロイド判の新聞『SANKEI EXPRESS』創刊。
*2008年(平成20年) - 産経新聞の九州地方での現地印刷及び災害時の委託印刷業務を毎日新聞の工場で行うことで毎日新聞社と基本合意。
*2009年(平成21年)
 *4月1日 - 九州総局(福岡県福岡市中央区)内に「九州・山口本部」を設置。
 *7月1日 - 日本工業新聞社を吸収合併。
 *10月1日 - 産経新聞九州・山口特別版発刊。(当面産経新聞本体のみで、原則東京版の同時印刷。番組表地方版だけ大阪製作。サンスポ、夕刊フジ、ビジネスアイ、EXPRESSは発行せず)
*2011年(平成23年)6月22日 - 専務大阪本社代表・熊坂隆光、社長に昇格。住田は相談役、清原は代表権のない会長〔産経新聞社長に熊坂専務が昇格 日本経済新聞2011年5月25日〕。
*2012年(平成24年)6月1日 - 「九州・山口本部」から「西部本部」へ変更。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「産業経済新聞社」の詳細全文を読む




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