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===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ ー : [ちょうおん] (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
ジェームス・ポージー(James Mikely Mantell Posey, Jr. 1977年1月13日-)は、アメリカ合衆国オハイオ州クリーブランド出身の元バスケットボール選手。現在はクリーブランド・キャバリアーズのアシスタントコーチを務めている。身長203センチ、体重99キロ。 == 経歴 == ;キャリア初期 ゼイビア大学で3年間プレーし、1999年のNBAドラフトでデンバー・ナゲッツより18位指名を受けNBA入りをした。 ナゲッツでは主に先発メンバーとして3シーズンプレーした。その後2002年12月にヒューストン・ロケッツへトレードで移籍し、その後は2003年のオフにFAとなりメンフィス・グリズリーズへ移籍し2シーズンプレーした。 ;マイアミヒート 2005年オフに、NBA史上最多人数となる、5チーム間で13人のトレードによってマイアミ・ヒートへ移籍した。2005-06シーズン、ポージーは主にスターターとしての出場であったが7.8得点、4.8リバウンドと少々物足りない数字であった。プレーオフに入りここで監督のパット・ライリーによってシックスマンとして起用され、彼の価値は見出された。カンファレンス2回戦ではニュージャージー・ネッツのエース、ヴィンス・カーターやリチャード・ジェファーソンを激しいディフェンスで抑えると、カンファレンス決勝ではデトロイト・ピストンズの面々に、勝負所でプレッシャーをかけて、NBAファイナル進出に貢献した。 ダラス・マーベリックスとのファイナルでは相手のエースダーク・ノビツキーやジョシュ・ハワードを執拗なディフェンスで抑えた。またエースのドウェイン・ウェイドやシャキール・オニールがダブルチームで苦しむ中、オープンとなったポージーの3ポイントが要所で決まり、ヒート優勝の影の立役者となった。 ;ボストン・セルティックス 2007年オフに、ボストン・セルティックスと契約した。ケビン・ガーネット、レイ・アレンと大物が加入しチームは話題を集め、特にディフェンス重視のチーム作りにポージーも一役買う事となった。セルティックスは前評判通りファイナルに進出。ロサンゼルス・レイカーズとのファイナルでは、またしてもポージーは相手のエース、コービー・ブライアントに対し激しいディフェンスを見せ、またクラッチタイムでのスリーポイントで、ベンチスタートながら勝利に大きく貢献した。このファイナルでのスリーポイント成功率は5割、フリースローは全投成功。ポージー自身は2つ目のチャンピオンリングを手に入れた。 ;ニューオーリンズ・ホーネッツ 過去2度のファイナルでの活躍で株を上げたポージーは、2008年オフの7月にニューオーリンズ・ホーネッツと4年2500万ドルの大幅アップで契約した。 ;インディアナ・ペイサーズ 2010年にインディアナ・ペイサーズへ移籍。1シーズンだけプレーした後解雇された。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ジェームス・ポージー」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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