翻訳と辞書
Words near each other
・ ドネーツィク州
・ ドネーツク
・ ドネープル川
・ ドノスティア
・ ドノスティアルデア
・ ドノスティア=サン・セバスティアン
・ ドノナコンタン
・ ドノバン
・ ドノバンリーシュマニア
・ ドノバン・ソラーノ
ドノバン・パウエル
・ ドノバン・ベイリー
・ ドノバン・マクナブ
・ ドノバン・モーガン
・ ドノバン・ラドック
・ ドノバン小体
・ ドノホー
・ ドノリ
・ ドノリー
・ ドノルド・B・ラウリー


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

ドノバン・パウエル : ウィキペディア日本語版
ドノバン・パウエル

ドノバン・パウエルDonovan Powell1971年10月31日 ‐ )は、ジャマイカの元男子陸上競技選手。専門は短距離走100mで10秒07、室内60mで6秒50の自己ベストを持つ。室内60mでは1999年前橋世界室内選手権で6位、1996年全米室内選手権で優勝などの実績を持つが、100mでは1997年アテネ世界選手権が世界大会(シニア)唯一の出場で2次予選敗退に終わっている。オリンピックには2000年シドニー大会の4×100mリレーに予選のみ出場した。弟は100m元世界記録保持者のアサファ・パウエル
== 経歴 ==
1993年3月、トロント世界室内選手権の60mに出場し、シニアの世界大会を初めて経験したが、結果は7秒02の組6着で予選敗退に終わった。
1995年8月、イェーテボリ世界選手権に参加するも、直近のドーピング検査でエフェドリンが検出された。ドノバンには3ヶ月間の出場停止処分が下され、そのため世界選手権に出場できなかった。
1996年、全米室内選手権の60mを6秒55で制した。
1997年8月、アテネ世界選手権で世界選手権に初出場を果たした。100mは1次予選を突破したものの、2次予選は10秒35(-0.3)の組6着で敗退した。
1999年3月、前橋世界室内選手権の60mに出場し、1993年トロント大会以来の世界室内選手権出場を果たすと、予選を自己ベスト(当時)の6秒51で通過。シニア世界大会で初となる準決勝に進出すると、準決勝では予選のタイムを更に縮める6秒50の自己ベストで突破し、初めて世界大会のファイナリストになった。迎えた決勝では6秒59とタイムを落とし6位に終わった。
2000年9月、シドニーオリンピックオリンピックに初出場を果たした。4×100mリレー予選でジャマイカチーム(ドノバン、ドワイト・トーマスLindel Frater、Llewelyn Bredwood)の1走を務め、38秒97をマークしての準決勝進出に貢献した。ドノバンは予選のみの出場に終わり、準決勝と決勝の出番はなかった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ドノバン・パウエル」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.