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ハワード・メンジャー(Howard Menger、1922年2月12日-2009年2月25日)は主に1950年代末から1960年代初頭に活動した自称UFOコンタクティ。 == 略歴 == 1922年米国ニューヨーク州ブルックリン出身。1歳の頃にニュージャージー州に移住。本人によれば、10歳の頃UFO(未確認飛行物体)を目撃した後、森の中で(金星から来たという)女性と遭遇し、自らの未来を告げられたとする。その後成人し、兵役中にも不思議な異星人たちに助けられながら九死に一生を得たという。戦後は看板業を営んでいたが、34歳の頃に農場裏の野原に飛来した円盤を撮影し、さらに後には宇宙船に搭乗して月面へ案内されたとも主張。写真に写った円盤のかたちに歪みが見られるのは、円盤から発する磁気の影響であるという。1959年に自らの体験記「外宇宙からあなたへ」を出版。著書は世界的な反響を呼び、テレビ・ラジオへの出演および全米を巡り講演活動を行い、ジョージ・アダムスキーと並ぶカリスマ・コンタクティと称される(カリフォルニア州を拠点としていたアダムスキーに対して「東海岸のアダムスキー」とも言われた)。また撮影した円盤がアダムスキーの撮影した円盤とほぼ同じ形状に見えるため、一部からは「アダムスキーの模倣」との批判も受けた。メンジャーはアダムスキーを尊敬しており、自身の講演旅行中にカリフォルニアを訪れてアダムスキーと少しの時間だけ会って短い会話をかわしたことがある。また1958年に結婚する妻のコニーと出会った際にメンジャーは自分が前世は土星にいて(一部のUFO研究家の本では木星と誤記されている)、コニーは金星にいた記憶を呼び覚ましたという。コニーとの間には一男一女をもうけている。1965年にUFO界からの引退を決めて表舞台から姿を消した。本人によれば、異星人たちと最後に会ったのは1958年であり、別れ際に彼らは「私たちは2012年に再び戻ってきます」と言い残して去っていったという。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ハワード・メンジャー」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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