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マルティヌス1世 ( リダイレクト:マルティヌス1世 (ローマ教皇) ) : ウィキペディア日本語版
マルティヌス1世 (ローマ教皇)[まるてぃぬす1せい]

マルティヌス1世(、? - 655年9月16日)は第74代ローマ教皇(在位649年7月5日 - 653年)。カトリック教会正教会で聖人で、カトリック教会での記念日は4月13日日本のカトリック教会では聖マルティノ一世聖マルチノ1世教皇殉教者〔などとも呼ばれる。
東ローマ帝国皇帝コンスタンス2世両性単意論を支持する勅令(テュポス)を発布した際、ラテラン教会会議でこれを異端と決議したため、653年に東ローマ帝国のラヴェンナ総督府によって捕縛された上コンスタンティノープルに連行された。裁判の結果、クリミア半島ケルソンに配流され、その地で没する。
彼の逮捕は、7世紀の半ばになってもコンスタンティノープルの皇帝の権威・権力が西方にも及んでいたことを示す一つの例である。
== 脚注 ==


抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「マルティヌス1世 (ローマ教皇)」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Pope Martin I 」があります。




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