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ユンカー(独: Junker)とは、エルベ川以東の東部ドイツの地主貴族を指す言葉である〔成瀬、山田、木村(1996) 2巻 p.87〕〔世界大百科事典(1988年版)「ユンカー」の項目〕。 == 概要 == エルベ川以東に領地を持つ中世の騎士たちが直接に農地経営に乗り出すようになったことに始まる。彼らは領地内に直営農地「」を所有して自身もそこで暮らすというグーツヘルシャフト(Gutsherrschaft)と呼ばれる領地経営を行うようになった。また農民に賦役を課し、さらに領主裁判権・警察権を行使することで農民を強力に支配した。領主が地代取得者にすぎず、直接に農地経営しないグルントヘルシャフトと呼ばれる領地経営を行い、領主裁判権も持たない西部ドイツの貴族とは対象的な存在であり、農地が豊かな東部ドイツ特有の貴族であった〔林(1993) p.74-75〕。 ユンカーは、18世紀以降にはプロイセン王国の貴族階級の中心になり、プロイセンの将校と官僚を独占するようになった〔望田(1979) p.20〕。 19世紀初頭の農地改革で農奴制が廃止されたことで、もともと賦役労働(無賃金労働・農奴労働)を前提としていたグーツヘルシャフトは、賃金を支払う資本主義的な「ユンカー経営」に転換されていった〔。 この時の農地改革で土地売買が自由化されたことで、富裕な市民や農民が貴族から騎士領を買い取るケースも増えた〔成瀬、山田、木村(1996) 2巻 p.206〕。買い取った彼らがユンカーとなる場合もあった。 19世紀後半頃から経済的に苦しくなるユンカーが増え保守化を強めた。共和政時代(ヴァイマル共和政、ナチス政権)にはユンカーは旧時代の残滓として冷遇されるようになっていったが、農地改革や軍の機構改革は行われなかったためユンカーの影響力は残った。第二次世界大戦後、東部ドイツを占領したソ連赤軍が徹底的な農地改革を行った結果、ユンカーも完全に解体された〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ユンカー」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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