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ラフィアの戦い(、紀元前217年6月22日)は、第4次シリア戦争の戦闘であり、セレウコス朝の王アンティオコス3世とプトレマイオス朝のプトレマイオス4世との間で戦われた会戦である。この戦いは第4次シリア戦争の帰趨を制した。この戦争はアンティオコス3世が、プトレマイオス朝の支配下にあったシリア南部(コイレ・シリア)の支配権獲得を目指してプトレマイオス朝の領土に侵攻したことではじまった戦争である。ラフィアの戦いでアンティオコス3世は敗れ、セレウコス朝の南部シリア方面への拡大政策は頓挫し、プトレマイオス朝は自国領土を防衛することに成功した。 == 背景 == 紀元前222年に発生したメディア、ペルシスでの反乱(モロンとアレクサンドロスの反乱)を鎮圧したセレウコス朝のアンティオコス3世は、即位後の混乱を収めて対外的な拡大政策に転じた。セレウコス朝とプトレマイオス朝両国が建国された当初からその領有を巡って度々戦争が発生していたシリア南部がその最初の目標となり、紀元前219年にアンティオコス3世は大軍を率いてプトレマイオス朝を攻撃し、第4次シリア戦争が始まった。セレウコス朝軍は一時的にプトレマイオス朝の首都アレクサンドリアそばまで迫ったものの退却に追い込まれ、その後はシリアで激戦が繰り広げられた。紀元前218年に撤収した両国は、翌紀元前217年6月に入ると再び軍を整えてシリアに進軍した。両軍はパレスチナのラフィア(現:ラファ近郊)に野営地を築いて展開し、戦闘が開始された。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ラフィアの戦い」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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