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三草藩 : ミニ英和和英辞書
三草藩[みくさはん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [み]
  1. (num) three 
: [くさ]
 【名詞】 1. grass 
: [はん]
  1. (n,n-suf) fiefdom 2. domain (precursor to current prefectures) 

三草藩 : ウィキペディア日本語版
三草藩[みくさはん]
三草藩(みくさはん)は、播磨国加東郡周辺を領有した譜代大名。藩庁として三草(兵庫県加東市上三草)に陣屋が置かれた。
== 略史 ==
越後国高柳藩丹羽薫氏元文4年(1739年大坂定番に任じられ、河内国・播磨国・美作国に所領を移された。さらに、延享3年(1746年)河内国の所領を播磨国内に移され、三草に陣屋を構え、三草藩が成立した。
この丹羽氏戦国時代織田氏の家臣であったが、織田信長の重臣丹羽長秀の家とは別家である。先祖の丹羽氏次は信長・信雄に仕えたが、小牧・長久手の戦い以前に徳川家康の下へ奔り、その家臣となった。
丹羽氏は高柳藩時代より参勤交代を行わない、江戸定府大名である。
慶応4年(1868年)、戊辰戦争に際し明治政府方に恭順した。明治4年(1871年)、廃藩置県により三草県となった。その後、姫路県・飾磨県を経て兵庫県に編入された。藩主家は明治17年(1884年)に子爵となり華族に列した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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