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保 勇(たもつ いさむ〔錬心館英語版公式サイト より〕、1919年9月29日〔『徒手空拳 - 人間・保勇』 14頁〕 - 2000年5月31日)は日本の武道家(全日本少林寺流空手道連盟錬心舘・初代宗家)、元警察官。鹿児島県大島郡名瀬村出身。台湾総督府司獄官警察官練習所卒〔保勇とは - コトバンク より引用〕。 1955年(昭和30年)11月8日に鹿児島市高麗町に少林寺流空手道錬心舘(当時の名称は「少林寺流空手研究会錬心館道場」)を設立。號は少林寺守門(しょうりんじもりかど)であり、十段範士であった〔錬心館の紹介 2010-2.26閲覧〕。2000年(平成12年)4月に武道家としては稀有な勲四等瑞宝章を受章。翌月の5月31日に逝去。 == 経歴 == === 生い立ち === 保勇は1919年(大正8年)9月29日に保与那貞の長男として、大島郡名瀬村大字根瀬部〔『徒手空拳 - 人間・保勇』には根瀬部村とあるが、根瀬部村は1908年に島嶼町村制が施行されたのに伴い、名瀬村の大字根瀬部となっている。〕(現在の奄美市名瀬根瀬部)に生まれた。勇が5歳になるころの1924年(大正13年)に父与那貞は根瀬部の21名の漁師とともに漁に出たまま遭難し、そのまま行方不明となった。残った漁船の借金を共同で返済した後は、名瀬に移り住み小学校に入学〔『徒手空拳 - 人間・保勇』18-19頁〕。 小学校での成績が優秀であった勇は小学校卒業後、中学への進学を勧められるが、進学を自ら断念し知人の会社の雑用係として就職、その後は大阪の鉄工所を経て台湾の台中製糖に就職した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「保勇」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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