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元禄文化(げんろくぶんか)とは、江戸時代前期、元禄年間(1688年 - 1707年)前後の17世紀後半から18世紀初頭にかけての文化。 17世紀中ごろ以降の日本列島は、農村における商品作物生産の発展と、それを基盤とした都市町人の台頭による産業の発展および経済活動の活発化を受けて、文芸・学問・芸術の著しい発展をみた〔深井(2012)pp.12-15〕〔高埜「元禄の社会と文化」(2003)pp.85-90〕。とくに、ゆたかな経済力を背景に成長してきた町人たちが、大坂・京など上方の都市を中心にすぐれた作品を数多くうみだした〔深谷(2000)pp.80-89〕。そこでは庶民の生活・心情・思想などが出版物や劇場を通じて表現された〔。ただし、その担い手は武士階級出身の者も多かった〔尾藤『元禄時代』(1975)pp.16-25〕。また、同じ上方でも京より大坂に重心がうつると同時に、文化の東漸運動も進展し、江戸・東国が文化に占める重要性が高まっていく端緒となった〔〔原田 他(1981)p.247〕。 元禄文化は、しばしば「憂き世から浮世へ」と称せられるように、現世を「浮世」として肯定し、現実的・合理的な精神がその特徴とされる〔尾藤『元禄時代』(1975)pp.26-51〕〔小澤(1993)pp.60-69〕。もとより貴族的な雅を追求する芸術の成果も一方には存在したが、「民勢さし潮のごとく」と評された民衆の情緒を作品化したものが多く、世間(社会)の現実をみすえた文芸作品もうみ出された〔。とりわけ、小説の井原西鶴、俳諧の松尾芭蕉、浄瑠璃の近松門左衛門は日本文学史上に燦然と輝く存在である〔。また、実証的な古典研究や実用的な諸学問が発達し、芸術分野では、日本的な装飾画の様式を完成させたとされる尾形光琳や浮世絵の始祖といわれる菱川師宣があらわれ、従来よりも華麗で洗練さを増した美術工芸品もまた数多くつくられた〔。音楽では生田流箏曲や新浄瑠璃、長唄などの新展開がみられた。さらに、音曲と組み合わせて視聴覚に同時に訴えかける人形浄瑠璃や歌舞伎狂言も、この時代に姿がととのえられた〔。元禄時代は、めざましい創造の時代だったのである〔。 なお、日本における1960年代の高度経済成長期の文化隆盛を指すものとして、「昭和元禄」(しょうわげんろく)という言葉が生まれている〔1964年に政治家福田赳夫が言いだした、経済成長下での天下泰平・奢侈安逸の風潮を評した言葉。〕。 == 新しい世界観 == 16世紀中葉以降、ヨーロッパ人が渡来して当時の日本に世界全体におよぶ地理認識が伝えられると、それまで日本人が依拠してきた本朝(日本)・震旦(中国)・天竺(インド)から成る「三国世界観」は大きく揺さぶられることとなった〔朝尾(1991)pp.30-31〕。中世の日本人が思い描いていた仏教色の強い世界観は変更をせまられ、従来の「三国」がアジアの一画を占めるにすぎないことが広く理解されたのである〔。 日本国内にあっても、世界と日本の地図を裏表に描いた各種の「世界図屏風」が作成され、男女を描いて世界の民族を示した「万国人物図」も刊行された〔市村・大石(1995)pp.87-91〕。なかでも、イタリアのマチェラータ出身で明国での布教に尽力したイエズス会宣教師マテオ・リッチ(利瑪竇)が1602年に作成した「坤輿万国全図」は、ヨーロッパの世界地理認識と東アジアの地理認識を組み合わせた当時世界最高水準の世界地図であり、説明が漢字で日本人にも親しみやすいところから、日本にも伝えられて数多く模写され、当時の日本人の世界地理認識に大きな影響をあたえた〔。やがて、江戸幕府によって長崎貿易を許可されたオランダの人々によって、より正確な世界地図や地球儀がもたらされた〔。 このように多種多様な世界地図が伝来し、それをもとに多くの日本人も世界地図や地球儀製作にたずさわったこと、また、これらがさまざまな形で一般に流布したことは、近世日本文化を特徴づける要素のひとつとなっている〔〔水戸の漢学者で地理学者の長久保赤水が「坤輿万国全図」をほぼ忠実に踏まえて1785年に刊行した「地球万国山海輿地全図説」は、木版で印刷されて民間にひろく流布した。〕。鎖国体制にあっても日本人の海外への関心は失われることはなかったのである。 情報空間がひろがり、島原の乱以降の平和によって日本列島全体が経済成長を遂げたことが、文芸・芸術の発展や諸学問の興隆のもととなった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「元禄文化」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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