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出﨑 統(でざき おさむ、1943年11月18日 - 2011年4月17日)は、日本のアニメ監督、演出家、脚本家、漫画家。東京都目黒区生まれ。クレジットタイトル上では「出崎統」と表記されることもある。別名義として「崎枕」「さきまくら」「斉九洋」「斎九陽」「松戸館」「松戸完」「矢吹徹」「多井雲」など。生前は日本映画監督協会会員〔日本映画監督協会 会員名鑑 物故会員名簿 〕。 アニメ監督、プロデューサーの出﨑哲は実兄。 ==概要== テレビアニメの草創期より制作現場に入り、1970年に26歳で『あしたのジョー』(テレビ版)を監督。『エースをねらえ!』『ガンバの冒険』『立体アニメーション 家なき子』『宝島』『ベルサイユのばら』『あしたのジョー2』など1970年代~1980年代のテレビ/劇場版アニメをはじめ、67歳で死去するまでにテレビシリーズ、劇場用映画、OVAアニメを30タイトル以上監督した。全キャリアを通じ、作品発表のインターバルが1年以上空いたことは稀で、ときには2本以上のテレビシリーズ監督(チーフディレクター)を掛け持ちしたこともある。 劇画、ギャグ漫画、少女漫画、児童文学、内外の古典文学など幅広いジャンルをカバーした出﨑の作風について、アニメプロデューサーの山崎敬之は、絵をあまり動かさず、詩的に表現する演出であり、貸本漫画家の過去を持つことによりドラマを知っていると評した〔山崎2005、P.180〕。本人は、若き日に『鉄腕アトム』の絵コンテチェックを受けた際、手塚治虫から、エンターテインメントを忘れないように、と声をかけられ、後々までその意味を考え続けたと語っていた〔五大監督かく語りき……「私が手塚治虫から学んだこと」 〕。 また「出﨑演出」と総称される独創的な技法''(#表現手法の項参照)''を編み出したことについて、旧虫プロダクションの同僚だったりんたろうは「誰にも真似できない作り方」と評している〔NHK「かぶん」ブログ:出崎統さん通夜:富野 由悠季さん、ちばてつやさん、りんたろうさんインタビュー紹介 〕。同社の後輩である富野由悠季は、リミテッドアニメにおけるもっとも論理的な画面の見せ方を発明したのは出﨑だとし、ジャパニメーションへの影響力の大きさを讃える〔NHK「かぶん」ブログ:出崎統さん通夜:富野 由悠季さん、ちばてつやさん、りんたろうさんインタビュー紹介 〕とともに、自身は出﨑の演出を真似ようとしたが太刀打ちできなかったと述べている〔富野由悠季「だから、僕は...」より〕。 作品作りの際の各セクション責任者には、深く信頼したメンバーを置くのが常だった。『あしたのジョー』からはじまったキャラクターデザイン・作画監督の杉野昭夫とのタッグは「アニメ界の黄金コンビ」と称され〔WEBアニメスタイル アニメ様365日 第16回 『宝島』 〕、よく知られていたが、加えて美術監督の小林七郎と撮影監督の高橋宏固もきわめて重要なスタッフであり、1970年代後半~1980年代前半にはこの4人で「出﨑カルテット」とも呼べるチームを形成していた〔アニメージュ201107、P.97〕。他にも、美術監督の河野次郎、作曲家の羽田健太郎、音楽監督の鈴木清司、声優の野沢那智、菅谷政子、大塚明夫、水谷優子、武藤礼子、井上和彦、勝生真沙子らが多数の出﨑作品に参加している。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「出崎統」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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