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向宣政 : ウィキペディア日本語版
向宣政[むかい のぶまさ]
向 宣政(むかい のぶまさ、永禄3年(1560年) - 元和4年4月25日1618年6月17日))は、戦国時代飛騨国小鷹狩(小鷹利、小鷹垨)城主姉小路氏一族で、常陸国佐竹氏家臣。江戸時代には久保田藩士となり、横手城城代や久保田藩家老を勤める。家格宿老廻座である久保田藩士向氏(のちに小鷹狩《小鷹垨》氏に改姓)の祖。通称は右近大夫。は宣政。弟は向俊政(庄兵衛)。子女は向政次向重政など2男2女。
== 経歴 ==
姉小路済俊姉小路高綱の一族と思われるが、詳細は「秋田武鑑」では不明。始め飛騨国小鷹利城に住し、高綱の死後に城主となり姉小路を継承し宣政と名乗ったとされる。
しかし宣政は幼少であった為、家臣の牛丸重親が城を乗っ取ろうと企て、それから逃れるべく家臣の後藤重元(帯刀)によって脱出を図り天正年中に佐竹義宣に仕官する。なお、弟の俊政も300石で仕官する。
関ヶ原の戦いの後に義宣が久保田藩に転封となるとこれに追随し、横手城代となって2000石を知行する。慶長8年(1603年)に久保田城下士の指南を命じられ、後に家老となる。
長男の向政次(清兵衛)は父に先立って死去し、次男の重政が兄の家禄を引き継ぐ。また、弟の俊政の家は一代で無嗣断絶となる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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