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明建神社 : ミニ英和和英辞書
明建神社[みょうけんじんじゃ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [かみ]
 【名詞】 1. god 
神社 : [じんじゃ, かむやしろ]
 【名詞】 1. Shinto shrine 
: [やしろ]
 (n) shrine (usually Shinto)

明建神社 : ウィキペディア日本語版
明建神社[みょうけんじんじゃ]

明建神社(みょうけんじんじゃ)は、岐阜県郡上市(旧郡上郡大和町)にある神社である。
古今伝授の里フィールドミュージアムに隣接する。
約250mの参道には、樹齢300年以上の(神迎え杉、神帰り杉など)と、約120本の山桜の桜並木がある。社叢は県天然記念物に指定されている。桜並木は「ぎふ・水と緑環境百選」「飛騨・美濃さくら三十三選」に選定されている。
== 沿革 ==
承久3年(1221年)、承久の乱の戦功により、東胤行東氏)は美濃国山田荘(現・郡上市)を新たに所領する。胤行は山田荘阿千葉(現・郡上市大和町剣)を本拠地にしたさい、千葉氏の氏神である妙見菩薩を勧請し、妙見宮としてを築いたのが始まりという。
鎌倉時代末期(1310年頃)、東氏村により篠脇城が築城されると、妙見宮は現在地に移転する(一説には参道は篠脇城の馬場跡という)。東氏は古今伝授の家であり、妙見宮で古今伝授の講義が行なわれることもあったという。文明3年(1471年)、東常縁連歌師宗祇に古今伝授の講義を行なったという記録がある。
天文10年(1541年)、東氏が本拠地を篠脇城から赤谷山城へ移転し、篠脇城は廃城とされたが、妙見宮は移転されなかった。その後、この地を治める歴代領主により保護されたという。
明治時代初期の神仏分離令により明建神社に改称し、祭神を国常立尊にする。しかし祭神の変更は表向きのことであり、現在も神体は妙見菩薩である。明治6年(1873年)郷社となる。
現在の社殿は、享保7年(1722年)の再建である。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「明建神社」の詳細全文を読む




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