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正西寺(しょうさいじ)は、福島県双葉郡浪江町川添南大坂にある真宗大谷派の寺院である。標葉郡(しねはぐん、現福島県双葉郡の一部)を支配していた標葉氏ゆかりの寺院である。 == 歴史 == === 正西寺と華光院 === 浪江町川添(旧川添村)の正西寺の寺地には、明治時代初期までは天台宗の華光院という寺院が存在していた。 正西寺はもと大堀村(浪江町大堀)にあり、江戸時代初期に標葉氏の家臣の小丸氏の一族によって草創された。寛永19年(1642年)、小松光善(法名釈光善)が開山となり、寺号を許された。明治4年(1871年)に川添村の華光院跡(現在地)に移転している〔『福島県民百科』「正西寺」の項による。〕。 華光院は天台宗の寺院で、嘉吉2年(1442年)標葉清隆により標葉氏の居城である権現堂城(浪江町西台)に建てられたが〔『福島県民百科』「正西寺」の項による。〕、天正2年(1574年)春、4世牧山等育(相馬氏家臣佐藤伊勢四男文五郎の一子)の代に全焼し、標葉郷川添邑涼ヶ森(当地)に移転させ、曹洞宗に改宗し、円応寺の末寺となった。 華光院は明治3年(1870年)寺沢村(双葉郡双葉町寺沢)の仲禅寺と合併して同村に移転。仲禅寺は昭和23年(1948年)、浪江町高瀬に移転している〔『日本歴史地名大系 福島県の地名』「大堀村」「寺沢村」「川添村」の項による。〕。 平成23年(2011年)3月11日に発生した福島第一原子力発電所事故により、当寺のある川添地区も避難指示が出された。2012年4月1日、改めて居住制限区域に指定された。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「正西寺」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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