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武儀郡(むぎぐん)は、岐阜県(美濃国)にあった郡。 == 略史 == === 近代以降の沿革 === * 「旧高旧領取調帳」に記載されている明治初年時点での支配は以下の通り。幕府領は笠松代官所が管轄。●は村内に寺社領が存在。(135村) * 明治時代初期 * 岩山崎村、祖父川村、大洞村、粟野村、町村、武儀倉村、雁曽礼村、宮脇村、川合村、船山村、明ケ島村、行合村、鳥屋市村、が合併し、上之保村となる。旧・岩山崎村、祖父川村、大洞村、粟野村、町村、武儀倉村、雁曽礼村を「下村」、旧・宮脇村、川合村、船山村、明ケ島村、行合村、鳥屋市村を「上村」と称し、上村と下村を合わせて上之保村としていたという。 * 大門村、町村、西洞村、殿村、轡野村、上野村、多羅木村が合併し、下之保村となる。 * 比根村、拭井村、多々羅村、間吹村、若栗村、梁瀬村が合併し、中之保村となる。〔武儀町史(1992年発行)によると、現存する資料で中之保村の戸長が判明しているのは1880年以降である。このことから遅くても1879年以前には中之保村が成立していたと推測される。〕 * 1868年(慶応4年) * 4月15日 - 幕府領・旗本領・寺社領が笠松裁判所の管轄となる。 * 明治元年閏4月25日 - 笠松裁判所の管轄が笠松県となる。 * 1871年8月29日(明治4年7月14日) - 廃藩置県により藩領が、今尾県、岩村県、名古屋県となる。 * 1872年1月2日(明治4年11月22日) - 第1次府県統合により、全域が岐阜県となる。 * 1873年(明治6年) * 上生櫛村と下生櫛村が合併し、生櫛村となる。 * 4月1日 * 葛屋村、室兼村、追洞村、飯高村、勝之洞村、本郷村が合併し、上麻生村となる。 * 間見村、大橋村、大塚村、寺洞村、奥田村、八日市村、中切村、万場村、葉津村、杉洞村が合併し、神渕村となる。 * 1874年(明治7年) - 上之保村(下村)と水成山村が合併し、富之保村となる。上之保村は上之保村(上村)のみとなる。 * 1879年(明治12年)2月18日 - 郡区町村編制法の岐阜県での施行により、行政区画としての武儀郡が発足。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「武儀郡」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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