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『土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界』(どようワイドラジオトーキョー えいろくすけそのしんせかい)は、TBSラジオで毎週土曜午前8:30 - 13:00に放送されていた、永六輔がパーソナリティのラジオ番組である。本稿では歴代土曜ワイドの概要についても記載するが、初代の『永六輔の土曜ワイドラジオTokyo』以外は各番組個別記事でも詳述している。新聞のラテ欄においては『永六輔の土曜ワイド』と書かれていた。 タイトルにある「ラジオTOKYO」とは、TBSラジオの前身の放送局名ラジオ東京=KRのこと。 == 概要 == 1991年4月13日放送開始。『土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界』は、TBSラジオで1970年以降放送されている「土曜ワイド」の6代目である(土曜ワイドの歴史は後述)。 2000年4月1日までは8:30〜14:00の5時間半のワイド番組で、12時以降はトヨタ自動車・トヨタディーラー各社の単独協賛による「TOYOTAビッグサタデー 永六輔その新世界」(開始から1994年9月までは「-永六輔の土曜は満点!」)となる2部構成だったが、「小堺一機のサタデーウィズ」の開始に伴い放送枠が分割されたため、2000年4月8日からはトヨタの協賛枠がなくなり、現行の4時間半の放送となった。当初パーソナリティの候補には、小島一慶が候補に上がっていたが、この時期に小島が不倫騒動を起こし、急遽初代パーソナリティの永六輔が、1975年の降板以来16年ぶりに生放送へ復帰することとなった。 「ラッキィ池田のTOKYO粗雑な疑問」のコーナーが、街頭ロケから、オープニングに公衆電話で出演し、それからスタジオに移動する形式に変更された。ただし、例外的に街頭ロケの時もある。2009年10月3日放送分までは、スタジオとのトークを交えながら、ゲストが954情報キャスターといっしょにゆかりの町を歩く「乙女探検隊~関東新地図」コーナーが長く放送されていた。 「六輔六日間」のサブタイトルは、かつて「あの町この町旅先小町」であったが、永の高齢化による行動範囲の変化により、2015年8月現在は「今週のご隠居語録」である。 2010年6月12日放送分で放送回数が1000回を突破した。2015年8月1日放送分で1268回(推定)を数えている。 2011年9月30日、高齢化して苦闘する永六輔の姿を追ったドキュメンタリー「永六輔・戦いの夏」がNHK総合で放送された。この番組の放送風景がメインで、民放のスタジオ内部をNHKがテレビで流す珍しい事例となった。 2015年8月22日放送分の中で、9月26日放送分を最後に番組を終了することが発表され、24年半・1275回の大河番組にピリオドを打った。永、三太郎、外山の3人〔2015年度秋の新番組 〕はこの番組終了後の10月改編(9月28日開始)より、月曜18:00-19:30に生放送される、この番組の体裁を引き継いだ新番組『六輔七転八倒九十分』のパーソナリティーを担当。後番組はお笑いコンビナイツと出水麻衣がパーソナリティーを努める新番組『土曜ワイドラジオTOKYO ナイツのちゃきちゃき大放送』である。 最終回(2015年9月26日)の放送では、エンディングに永の第1期パーソナリティー時代であった1970-75年に放送された当時の主題歌である「アメリカンメロディー」をバックに流し、最後に『久米宏 ラジオなんですけど』から久米と堀井、および番組スタッフが一堂に会して「永さんありがとうございました」とあいさつして大団円となった(放送音源参照)。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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