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深尾 茂澄(ふかお しげずみ、寛保元年(1741年) - 文化2年8月12日(1805年9月4日))は、江戸時代中期の土佐藩の家老。6代佐川領主。 父は山内隼人茂信。伯父は土佐藩8代藩主山内豊敷。養父は深尾繁峯。正室は深尾稠済の娘。子は深尾繁寛、山内保氏室。幼名は信之介。通称は左近、因幡、湯右衛門。 == 来歴 == 寛保元年(1741年)、山内茂信の子として生まれる。実父の茂信は山内規重の子であり、3代深尾重照の玄孫にあたる。寛延2年(1749年)、深尾繁峯の養嫡子となる。宝暦2年(1752年)、繁峯の死去により家督を相続する。安永元年(1772年)、儒臣として山本日下を登用し、家塾名教館を創設する。寛政11年(1799年)、隠居して家督を嫡男の繁寛に譲る。文化2年(1805年)8月12日死去。享年65。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「深尾茂澄」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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