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澤田憲輝 : ミニ英和和英辞書
澤田憲輝[あきら]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [た]
 【名詞】 1. rice field 

澤田憲輝 ( リダイレクト:千代の国憲輝 ) : ウィキペディア日本語版
千代の国憲輝[ちよのくに としき]

千代の国 憲輝(ちよのくに としき、1990年7月10日 - )は、三重県伊賀市出身で九重部屋所属の現役大相撲力士身長182cm、体重139kg。本名は澤田憲輝。突き押しが得意である一方残り腰に任せた相撲も見せる。兄は同じく九重部屋に在籍し、2012年9月場所後に引退した元・大相撲力士の千代の眞。最高位は東前頭8枚目(2012年3月場所)。
== 来歴 ==
寺院の息子として生まれ、幼少時から空手を習うなど大の格闘技好きだった。小学4年生の時点で既に「将来は力士になる」と決めていたという〔【大相撲】和製スター候補の呼び声高い、九重部屋"三羽ガラス" 集英社スポルティーバ公式サイト 2011年9月14日〕。名張市立北中学校では柔道部に所属し主将を務め、全国大会ではベスト16という成績を残した。卒業後の2006年に九重部屋に入門、同年5月場所に本名の澤田で初土俵を踏む。両肩の脱臼癖があり序二段三段目でやや苦労したが、2010年3月場所に7戦全勝の成績で序二段優勝を果たした。その後は着実に番付を伸ばし、2010年11月場所では東幕下58枚目で6勝1敗の成績を挙げて幕下優勝決定戦まで進出したが、敗れて優勝はならなかった。2011年5月技量審査場所は東幕下9枚目で5勝2敗の成績を挙げ、本来ならば十両へ上がれる位置と成績ではないが、大相撲八百長問題にて大量の引退・解雇力士が出たため、翌7月場所において20歳で新十両への昇進を果たした。その場所では8勝7敗と勝ち越しを決めた。
自身が所属する九重部屋では兄弟子であった千代白鵬が大相撲八百長問題に関係し引退しており、複雑な心境であったようであり、記者会見では「まだ正直実感が湧かない。自分が十両になるのかという不思議な気持ち」と語った
昇進の千代の国「実感ない。不思議な気持ち」 MSN産経ニュース 2011年5月25日〕。2012年1月場所に入幕するも2場所連続で右肩の脱臼で途中休場した。5月場所は場所前の稽古中に再発した脱臼が治らず全休、7月場所では十両へ降格した。その場所では8日目の政風戦で左手靱帯を断裂する大怪我(全治4週間)を負ったが、10日目で勝ち越しを決めるとその後も勝ち星を伸ばし、最終的に11勝4敗の成績で十両優勝となった。場所後に行われた夏巡業は怪我が治らず休場した。翌9月場所は東十両3枚目まで番付を戻し、後半まで優勝争いに残り10勝5敗の好成績を残した。翌11月場所から2013年3月場所まで交互に幕内と十両に在位し、3月場所から7月場所までは連続して幕内の土俵へ上がったものの、7月場所5日目の碧山戦ではほぼ水平に開脚して残すという無理が祟って左足付け根を痛め〔千代の国 驚異的な粘り見せたが…左足の付け根痛める  Sponichi Annex 2013年7月12日 06:00〕、「左太もも二頭筋損傷などで約15日間の通院加療が必要と診断」されて6日目から休場となった。〔千代の国と栃ノ心が休場 大相撲名古屋場所 朝日新聞デジタル 2013年7月12日12時45分〕翌場所以降は怪我が完治したと言い切れない状態で出場し、11月場所12日目の肥後ノ城戦を勝利した後に「右踵骨(しょうこつ)骨挫傷などで約4週間の安静加療が必要」と診断される怪我を負い、結局7勝5敗で勝ち越し目前ながら13日目から途中休場。〔千代の国が9度目の休場 前日の取組で負傷 朝日新聞デジタル 2013年11月22日19時28分〕〔しかもこの場所の九重部屋所属現役関取勢5人の中で幕内の千代大龍が11勝(技能賞)、十両の千代鳳、千代丸、千代皇がそれぞれ13勝(十両優勝)、11勝、10勝の2ケタ白星を上げており、5人中千代の国ただ1人が負け越し(それも終盤で途中休場)であった。〕2014年3月場所は9勝6敗の成績を残し、これが自身5場所ぶりの勝ち越しとなった。翌5月場所は運良く再入幕を果たし、西前頭16枚目の地位を得た。ところがこの場所の初日に新入幕で幕尻(東前頭17枚目)の佐田の海に送り出された際に負傷した結果、日本相撲協会に「右踵骨骨折で約1週間の安静を要する」との診断書を提出し、休場する事態に陥った。〔幕内千代の国が休場 2014年5月12日(月)13時29分配信 共同通信 〕西十両13枚目まで地位を落としたことで関取維持を懸ける状況に置かれた9月場所は7日目まで3勝4敗とした末に「両ひざ半月板損傷で約1カ月の安静加療が必要」と診断された中日から途中休場。これにより新十両昇進から連続して20場所務めた関取の座から離れるに至った。〔十両・千代の国、ひざの故障で休場 大相撲秋場所 朝日新聞DIGITAL 2014年9月21日13時04分〕その後は2場所全休した後、三段目に落ちた2015年3月場所は7戦全勝で三段目優勝を果たした。〔『大相撲ジャーナル』2015年4月号27頁には、場所前に右腕の蜂窩織炎になったので出場を見合わせようと思っていたという記述がある。〕〔春場所、幕下は出羽疾風が優勝 三段目は千代の国が制す 東京新聞 2015年3月20日(2015年3月20日閲覧)〕これにより5月場所の番付では一気に幕下18枚目まで番付を戻すと、4場所連続で勝ち越しを続け、11月場所で西幕下4枚目で5勝2敗としたことが決め手となり、2016年1月場所で8場所ぶりに十両に復帰することが決まった。〔剣翔、千代翔馬が新十両昇進 再十両は千代の国、出羽疾風 SANSPO.COM 2015年11月25日(2015年11月25日閲覧)〕1月場所では10勝をあげて優勝に絡む活躍を見せた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Chiyonokuni Toshiki 」があります。




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