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石橋忍月 : ミニ英和和英辞書
石橋忍月[いしばし にんげつ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [こく, いし]
 【名詞】 1. volume measure (approx. 180l, 5 bushels, 10 cub. ft.) 
石橋 : [いしばし, せっきょう]
 (n) stone bridge
: [はし, きょう]
 【名詞】 1. bridge 
: [つき]
  1. (n-t) moon 2. month 

石橋忍月 : ウィキペディア日本語版
石橋忍月[いしばし にんげつ]
石橋 忍月(いしばし にんげつ、慶応元年9月1日グレゴリオ暦1865年10月20日) - 1926年大正15年)2月1日)は日本の文芸評論家、小説家、弁護士政治家。本名は友吉は萩の門、気取半之丞、福洲学人など。三男は文芸評論家の山本健吉
明治23年(1890年)、森鴎外の「舞姫」、「うたかたの記」等をめぐり鴎外と論争し評論の地位を高めた。しかし、壮年以降は文学からはなれ、長崎県の県会議員、弁護士として活動した。
== 年譜 ==

*1865年(慶応元年) - 9月1日、筑後国上妻郡湯辺田村(現在の福岡県八女市黒木町)に医師(漢方医)石橋茂、フクの三男として生まれる。
*1866年(慶応2年) - 上妻郡福島町(現在の八女市)の叔父眼科医である石橋養元の養嗣子となる。
*1891年明治24年) - 7月、帝国大学法科大学(現在の東京大学)卒業。8月、内務省試補・庶務局勤務。12月、県治局勤務。
*1892年(明治25年) - 11月、内務省を退官。
*1893年(明治26年) - 11月、石川県金沢市に赴き北國新聞社顧問となる(~1894年12月)。
*1895年(明治28年) - 1月、弁護士登録。
*1897年(明治30年) - 11月、元田肇法律事務所に入る。
*1898年(明治31年) - 4月、京橋区法律事務所を開設。
*1899年(明治32年) - 6月長崎地方裁判所判事(~1900年1月)。
*1904年(明治37年) - 3月、長崎市会議員(~1910年3月)
*1919年(大正8年) - 9月、長崎県会議員(~1923年9月)
*1921年(大正10年) - 5月、帝国弁護士会理事
*1926年(大正15年) - 2月1日、死去。福岡県八女市の無量寿院に葬られる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「石橋忍月」の詳細全文を読む




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