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釜山橋頭堡の戦い(プサンきょうとうほのたたかい)は、1950年の8月から9月にかけて、釜山付近に集結したアメリカ軍を主力とする国連軍〔1950年6月27日に国際連合安全保障理事会が北朝鮮を侵略者と認定する決議を行ったことに基づく。国際連合憲章第7章に基づく国連軍ではない。〕と、朝鮮半島の大部分の地域を制圧していた朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の間で行われた戦闘である。 第8軍司令官ウォルトン・ウォーカー中将が、朝鮮半島の過半を北朝鮮軍が手中にしている状況で、全前線を後退させることで戦闘正面を縮小して兵力を集中させる「朝鮮戦争で一番重要な判断と決心」を行い、これを実行した。 この戦闘により、国連軍は、1950年9月10日〔仁川港への上陸は9月15日。〕に開始された仁川上陸作戦の成功により反撃に転じるまでの間、釜山を保つことに成功した。 == 経緯 == 1950年6月25日の北朝鮮の奇襲攻撃による開戦以来、大田の戦いに至る遅滞戦闘でアメリカ軍は大きな損害を受けていた。 ソウルと釜山のほぼ中間点にある大田(テジョン)は京釜本道や京釜線が通る交通の要衝で、ソウルを追われた大韓民国(韓国)政府の臨時首都でもあった。アメリカ軍、韓国軍は大田を中心として北朝鮮軍を迎え撃ったが7月20日に北朝鮮軍2個師団の包囲攻撃で陥落して、韓国政府は大邱(テグ)に後退した。 開戦から戦い続けていたアメリカ軍第24歩兵師団は一連の戦闘で兵力の45%(7,305名)、装備の60%を喪失し、師団長であるディーン少将が捕虜〔7月22日に戦死と認定。実際は1ヶ月のゲリラ活動の後、捕虜となった。北朝鮮が捕虜とした事実を発表するまで戦死したと考えられていた。〕になる大敗を喫した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「釜山橋頭堡の戦い」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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