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1970年の日本シリーズ(1970ねんのにっぽんシリーズ、1970ねんのにほんシリーズ)は、1970年10月27日から11月2日まで行われたセ・リーグ優勝チームの読売ジャイアンツとパ・リーグ優勝チームのロッテオリオンズによる第21回プロ野球日本選手権シリーズである。 == 概要 == 川上哲治監督率いる読売ジャイアンツと濃人渉監督率いるロッテオリオンズの対決となった1970年の日本シリーズは、ジャイアンツ(giants)とオリオンズ(orions)の頭文字をとって「GOシリーズ」とマスコミから呼ばれた〔岡田実『白球列伝 マイク越しの戦後プロ野球史』晩聲社、1982年、p188〕。巨人が4勝1敗で勝利し、6年連続12度目の日本一。ジョージ・アルトマン、山崎裕之、池辺巌、アルト・ロペスと本塁打20本以上が4人の強力打線だったロッテを巨人は封じた。第1戦では4番のアルトマンを徹底的にマーク。5打席中3度の敬遠(4四球)。そして5番の有藤通世と勝負して、強力打線を抑えた。 この年は後楽園球場と東京スタジアムでの開催となり、同時に日本シリーズが同一の都道府県で開催される史上初の事例となった(東京シリーズ)。 両翼が90mしかなかった東京スタジアムでは、長嶋茂雄の4本の他両チーム3試合で合計9本の本塁打(特に第4戦は5本)が飛び出した。 また、東京スタジアムでの日本シリーズはこの年が唯一である。この年と同様、同一の都道府県での日本シリーズはにもあり、同年は当時後楽園球場をいずれも本拠地としていた巨人と日本ハムの対戦だったため、全試合が同じ球場で開催された唯一の日本シリーズとなっている(後楽園シリーズ)〔その後ロッテは宮城県(宮城球場)から神奈川県(川崎球場)を経て千葉県(QVCマリンフィールド)に、日本ハムも東京ドームを経て北海道(札幌ドーム)に本拠地を移転している。〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「1970年の日本シリーズ」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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