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ふしぎのメダイ : ウィキペディア日本語版
不思議のメダイ[ふしぎのめだい]

不思議のメダイ(ふしぎのメダイ、、)は、聖母マリアの出現を目撃したフランスカトリック修道女カトリーヌ・ラブレ(カタリナ・ラブレ〔日本のカトリック教会では、カトリーヌ・ラブレのことを慣習的にカタリナ・ラブレと呼ぶことが多く、この名でよく知られている。参照:Laudate 聖人カレンダー 11月28日 聖カタリナ・ラブレ 女子パウロ会〕、Catherine Labouré,フランス語版)が、聖母マリアによって示されたお告げとイメージをもとにデザインし〔Ann Ball, 2003 ''Encyclopedia of Catholic Devotions and Practices'' ISBN 0-87973-910-X page 356〕〔Mark Miravalle, 1993, ''Introduction to Mary'' ISBN 978-1-882972-06-7, pages 190-191〕、金細工師のが製作したメダル(=メダイユ)のこと。無原罪の御宿りのメダイ奇跡のメダイとも呼ばれる。
== 由来・歴史 ==
1830年7月18日パリのバック通りにある修道院でカトリーヌ・ラブレは子供の声を聞いて目を覚まし、そこで彼女は聖母マリアの出現を目撃した。聖母マリアは「神はあなたに使命を委ねます。あなたは否定されるでしょう、しかし恐れてはいけません。あなたは恩寵によってその使命をなしとげるでしょう。フランス、そして世界は今、悪の時代です」と話した〔 。
同年11月27日、カトリーヌは夕方の黙想の時間に聖母マリアが再び現れたと報告した。聖母マリアは楕円形の枠の中で地上に立ち、様々な色の指輪をしており、ほとんど指輪からは輝く光線が地上に降り注いでいた。楕円形の枠のへりには ''"Ô Marie, conçue sans péché, priez pour nous qui avons recours à vous."''(原罪無くして宿り給いし聖マリア、御身に寄り頼み奉るわれらのために祈り給え)という文字があり、そして楕円形の枠は裏返り、12の星の輪と十字架の上に乗る大きなMの文字、茨に囲まれた王冠を冠したイエス・キリストの心臓(至聖なるイエスのみ心)と、王冠を冠し剣の刺さった聖母マリアの心臓(聖マリアの汚れなきみ心)が見えた。カトリーヌはまた、聖母マリアが「このイメージを聴罪司祭に伝え、彼らにそのメダイを身に着けるように言い『それを身につける人は大きな恵みを受けるでしょう』と話しなさい」と言うのを聞いた〔Glass, Joseph. "Miraculous Medal." The Catholic Encyclopedia. Vol. 10. New York: Robert Appleton Company, 1911. 20 Dec. 2012 〕。
カトリーヌは言われたとおり実行し、司祭は2年間の調査およびカトリーヌの日々の振る舞いについての観察の後、その身元を明かさずにパリの大司教に情報を持っていった。そして要請は受け入れられてメダイを作る許可が大司教から与えられ、聖母マリアがカトリーヌに示したイメージをもとに金細工師のアドリアン・ヴァシェットによって作り出された〔McMenamin, M. 2010. Precisely dated early versions of the Miraculous Medal. ''Numismatics International Bulletin'', v. 45, nos. 3/4, p. 43-48.〕 。それ以後、このメダイを身につけ聖母に取り次ぎを願う人々に、いろいろな奇跡の恵みが与えられたため、いつとはなしに「不思議のメダイ」と呼ばれるようになった〔キリスト教マメ知識 不思議のメダイ 女子パウロ会〕。
不思議のメダイに関しての多くの著しい出来事の中の一つは、ストラスブールのの回心である。ラティスボンヌは友人に対し教会に入ることはないと宣言していた。しかし、友人の強い勧めにより彼は不思議のメダイをつけることにしぶしぶ同意し、ローマのに入ると、不思議のメダイが象徴している姿の聖母マリアが彼の目の前に現れ、彼は速やかに回心した〔。この時に出現した聖母を「シオンの聖母」といい、この出現も教皇庁は奇蹟として記録している。
この聖母の立像を鋳造した1,500個のメダイが愛徳姉妹会の手によって人々に配布された当時、手渡された人々はそのカトリーヌへの聖母の御出現その他の「メダイが鋳造された理由や由来」を何も知らされぬままであった。配布を受けた人々からは当時流行していたコレラ・狂犬病等の快癒が報告され、無神論者たちの改心も伴い「不思議のメダイ」としていつしか呼ばれ、その名が巷に流布することとなった。
「不思議のメダイ」鋳造の経緯や、配布される理由などがカトリーヌの聴罪司祭アラデル司祭によって匿名で公表されたのはメダイ鋳造後、2年たってからである
〔聖母の出現 近代フォークカトリシズム考 関一敏 日本エディタースクール出版部 ISBN4-88888-200-2 c3022 〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Miraculous Medal 」があります。



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