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真崎 守(まさき もり、本名:森 柾(もり まさき)、1941年3月10日 - )は日本の漫画家、アニメーション映画の演出家、脚本家、監督。 == 来歴 == 神奈川県横浜市生まれ。5歳で岐阜県高山市に移る。ディズニー、フライシャーといった短編アニメや杉浦茂、手塚治虫などの漫画作品、貸本劇画などに没頭する少年時代を過ごす。 1959年に岐阜県立斐太高等学校卒業。様々な職業に就いた後に、1960年に劇画短編誌『街』(セントラル文庫)に『雨の白い平行線』『暗い静かな夜』が掲載されて貸本漫画家デビュー。だが、漫画家を続ける意思を持てず〔大阪国際児童文学館編 『日本児童文学大事典 第2巻』 大日本図書、1993年 ISBN 4477003765。〕1963年に虫プロダクションに入社、『佐武と市捕物控』などのアニメーション映画の演出に携わる。また、COMの漫画投稿コーナー「ぐら・こん」において、峠あかね名義でCOM専属の漫画評論家としても活動した。 1967年、『コミックmagazine』(芳文社)創刊号より『連作/錆びついた命/何もいわない三部作』を発表。虫プロを退職し、青年劇画誌が多数創刊される中ふたたび漫画家として活動を始める。1976年頃までは「真崎・守」名義で活動。主に学生運動をテーマにした青春漫画を執筆した。1971年『ジロがゆく』『はみだし野郎の子守唄』で第2回講談社出版文化賞受賞。 1980年代以降はアニメの世界に復帰。監督として『はだしのゲン』で毎日映画コンクール大藤信郎賞受賞。〔真崎守(原作・斎藤次郎)『共犯幻想』上巻 奥付プロフィール及び山形同人作家列伝 1970年夏 第3部 熱い夏の日 〜山形マンガ少年〜第25回 に記載のプロフィール参考。〕 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「真崎守」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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