|
アニエスカ・ホランド(Agnieszka Holland, 1948年11月28日 - )は、ポーランド・ワルシャワ出身の映画監督、脚本家である。 日本語による表記は、ポーランド語での発音に基づきアグニェシュカ・ホラントなどとされることがある。 == 略歴 == ワルシャワで生まれる。父ヘンリク・ホラントはユダヤ教系ポーランド人、母イレーナ(旧姓リプチンスカ)はキリスト教系ポーランド人。父の両親は第二次世界大戦中にナチス・ドイツがワルシャワのユダヤ系の人々が多く住む住宅街に設置したワルシャワ・ゲットーで亡くなった。母は敬虔なローマ・カトリック教徒で、第二次世界大戦中はナチス・ドイツに対するポーランド国民抵抗組織の「ポーランド地下国家」(Polskie Państwo Podziemne)に属し1944年のワルシャワ蜂起において最前線で戦った。アニエスカ本人は特に宗教教育を受けずに育った。 プラハで映画製作を学び、助監督としてそのキャリアをスタートさせた。1970年代から1980年代初頭にかけては、アンジェイ・ワイダの運営する映画ユニット「X」に所属し、ワイダ作品の脚本も手がけている。 監督デビューは70年代後半。以後、当時ポーランド映画界を席巻した「道徳的不安の映画」運動の新進若手監督として活躍。この時期に撮られた代表作は、『田舎俳優』(1978)、『発熱』(1980)、『孤独な女』(1981)など。1981年の戒厳令を期に西側諸国に移住する。 以後はフランス、ドイツ、アメリカ(ハリウッド)で映画監督として活躍。1986年には、第二次世界大戦中、あるユダヤ人女性をナチスの迫害から匿うドイツ人農夫を描いた『''Bittere Ernte''』でアカデミー外国語映画賞にノミネートされた。 現在でもアメリカ・ドイツ・ポーランドなど、世界中を舞台に活躍している。近年ではテレビシリーズの『コールドケース 迷宮事件簿』や『The Wire』の数エピソードでも演出を手掛けている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「アニエスカ・ホランド」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Agnieszka Holland 」があります。 スポンサード リンク
|