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アジア太平洋映画祭(あじあたいへいようえいがさい)とは1954年に創設されたアジア映画製作連盟が主催する映画の賞である。最初の名は東南アジア映画祭。次にアジア映画祭(1957~83)。 東南アジア映画市場開拓に力を入れる日本の大映代表取締役社長の永田雅一を主催とし、フィリピンのマニュエル・デ・レオン、タイのバアヌ・ユガラ、インドネシアのオスマー・イスマイル、香港、シンガポールのロク・ワン・トオ(陸運濤)、ランラン・ショウ(邵逸夫)、ランミー・ショウ(邵仁枚)らの署名と業界の一致によって創設された映画祭。 == 歴代各賞 == === 第1回(1954年) === ;作品部門 *最高賞『金色夜叉』 ;俳優部門 *男優賞 山村聡『山の音』 *女優賞 原節子『山の音』 ;スタッフ部門 *監督賞 成瀬巳喜男『山の音』 *音楽賞 斎藤一郎『金色夜叉』 *録音賞 下永尚『山の音』 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「アジア太平洋映画祭」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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