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アッピア水道 : ウィキペディア日本語版
アッピア水道[あっぴあすいどう]

アッピア水道()は、最古のローマ水道である。古代ローマケンソル(監察官)で、有名なアッピア街道の建設者としても知られる、アッピウス・クラウディウス・カエクスにより、紀元前312年に建設された。
== 概要 ==
ローマ水道の技術書の著者でありローマ水道長官でもあったフロンティヌスによれば、水道の全長は16.6km(11.190 ローマ・マイル)で、そのうち16.5km(11.130 ローマ・マイル)は地下の導水渠で残りが地上の構造物内を通っていた。水源はプラエネスティーナ街道の7マイルストーンと8マイルストーンの間の交差点から左へ0.78ローマ・マイルのルクラン(Lucullan)という場所であった〔 Frontinus, Aqueducts, I-5 〕。プラエネスティーナ門(現 マッジョーレ門)付近でローマ市街に入ってからは水道橋となり、チェリオの丘アヴェンティーノの丘を経由してテヴェレ川近くにあったフォルム・ボアリウム付近に達していた。水量は73,000m3/日(1,825クイナリア)であった〔 Frontinus, Aqueducts, I-65 〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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