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アブシリの反乱[あぶしりのはんらん] アブシリの反乱は、1888年から1889年にかけてドイツ領東アフリカ沿岸部〔当時ドイツがザンジバルから租借していた地域〕で発生した反乱。最終的にドイツ帝国とドイツに協力したイギリス帝国やイタリア王国などによる反乱地域の封鎖により鎮圧された。 ==背景== アブシリは本名をアブー=シリー・イブン=サーリム・アル=ハルシー(、Abushiri ibn Salim al-Harthi)といい、父はアラブ人で母はオロモ族の出身だった。パンガニ付近を拠点として交易商を営み、ザンジバル政府からは不法者とされていた。アブシリはザンジバルのスルターンの討伐軍を撃退し、パンガニ河口付近に強い支持層を得ていた。 ドイツ東アフリカ会社は1985年頃から東アフリカに進出していたが、沿岸部および沿岸に近い内陸部のアラブ商人や現地部族の首長らは、ドイツが彼らからキャラバン通商路を奪い、通商税による収入を妨げ、さらには土地を強制的に登録させられることになり土地をも失う危険にさらされたために不満が高まっていた。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「アブシリの反乱」の詳細全文を読む
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