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アレクサンドリアのアタナシオス、あるいはアタナシオス(298年 - 373年5月2日, , アタナシウス)は、4世紀のキリスト教の神学者・ギリシア教父・聖職者である。エジプトのアレクサンドリア主教(司教、または大主教)を務めた。正教会・非カルケドン派・カトリック教会・聖公会・ルーテル教会で聖人。 大アタナシオスとも呼ばれる。日本ハリストス正教会ではアレクサンドリヤの大主教聖大アファナシイとも呼ばれる〔『正教会暦 2009年』日本ハリストス正教会教団発行〕。日本のカトリック教会では聖大アタナシオ〔『YOUCAT(日本語)――カトリック教会の青年向けカテキズム』日本カトリック司教協議会青少年司牧部門訳、カトリック中央協議会、2013年6月30日、ISBN:978-4-87750-174-7、p46〕、聖アタナシオ司教教会博士などと呼ばれる。 == 生涯 == アレクサンドリアの輔祭として出席した第1回ニケア公会議でアリウスに反駁し、アリウス派の「御子は被造物である」との説を退け、御父(父なる神、神父「かみちち」とも〔神父(かみちち)は、正教会での訳語〕)と御子(子なる神、神子「かみこ」とも〔神子(かみこ)は、正教会での訳語〕)は同質〔『キリスト教大事典』 (昭和48年), p1001〕〔ベルコフ (2008), p98〕(同一本質〔〔山村 (1998), p16〕とも、〔古典ギリシア語再建音:ホモウーシオス、現代ギリシア語転写例:オモウーシオス〕)であると主張。これがニカイア信条に採択され、三位一体論の形成に寄与した〔。 しかし第1回ニケア公会議では論争に決着はつかず、アリウス派の策動により繰り返し追放されたが(5回)、その都度帰還した〔アレキサンドリヤの大主教 聖大アファナシイの生涯 〕〔『キリスト教大事典』 (昭和48年), p20〕。 アレクサンドリア主教として教会を指導するために行った数々の理論的著述とともに、友人の隠遁修道者聖大アントニオスの伝記作家でもある。また聖書正典に関する文書も残している。 正教会の神学において重要な概念の一つである神成について、聖大アタナシオス(聖大アファナシイ)が「神が人となったのは、人が神になるためであった」〔訳語出典:世界観-人間 (日本正教会公式サイト)〕と述べた言葉が重要視される。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「アレクサンドリアのアタナシオス」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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