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イブン・トゥーマルト
イブン・トゥーマルト(1091年? - 1130年)は、モロッコの宗教運動家。ムラービト朝に対して反乱を起こし、実質的にムワッヒド朝の前身を築き上げた。 == 生涯 == モロッコ南部のアンティ・アトラス山中のベルベル人系のマスムーダ族の一支族であるハルガ族の出身。1106年、16歳のときに東方へ修学の旅に出た。コルドバにしばらく滞在した後、マシュリクに向かいアレクサンドリアに上陸してメッカ巡礼を果たした。その後はバグダードにしばらく滞在し、そこでガザーリーの講義を直接聴いたかどうかは疑わしいが、ニザーミーヤ学院とアレクサンドリアでアシュアリー派に近い神学を学んだとされる。 トゥーマルトはスンナ派的な神の唯一性を重視した。このためトゥーマルトに従った人々はアル=ムワッヒド(神の唯一性を信じる人を意味する)といわれた。マラケシュでムラービト朝の法学者ら指導者層との関係が決裂すると、故郷のイージーリーズ村に戻り、1121年には自らマフディーと称してムラービト朝に対して反乱を起こした。1124年にはマラケシュの南、タルーダントより100キロほどの地点にあるティンマル(ティーンマッラル)に遷都し、ここを拠点に反乱を続けたが、1130年に40歳で死去した。 後継者には部下で友人のアブドゥルムウミンが継ぎ、以後は彼の子孫が継承してムワッヒド朝が築かれた。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「イブン・トゥーマルト」の詳細全文を読む
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