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イリヤ・エレンブルグ : ウィキペディア日本語版
イリヤ・エレンブルグ

イリヤ・グリゴーリエヴィチ・エレンブルグ〔より原音に近いエレンブル表記を採る資料も見られるが、本項の項目名としては彼の訳書の大半における表記エレンブルグに準拠した。〕(ロシア語: イリヤー・グリゴーリイェヴィチュ・エリンブールク1891年1月27日 - 1967年8月31日)は、ソ連作家
== 略歴 ==
ユダヤ人技師の子としてロシア帝国時代のウクライナキエフで生まれた。モスクワの第1中学に入学するが、1906年に15歳でボリシェヴィキの地下運動に参加し、中学から放校処分を受ける。1909年フランスに亡命して神秘主義耽美主義の影響を受ける。1917年の革命に際して帰国し、各地を放浪ののち演劇の仕事や文学の講義をしていたが、1921年に芸術派遣員として国外に去り、作品を書いてソ連邦の出版物に掲載しはじめた。
大祖国戦争においては対独宣伝活動の一端を担い、赤軍に従軍した。これについては回想録に詳しい。1941年の長編『パリ陥落』()と1947年対独協力者アンドレイ・ウラソフ将軍を題材とした大作『嵐』()はいずれもスターリン賞を受けた。世界平和のために活動し、スターリン平和賞も受けている。
1967年、前立腺と膀胱の癌により死去。モスクワノヴォデヴィチ女子修道院の墓地に埋葬されている。墓石には友人であったパブロ・ピカソによる肖像画の複製が刻まれている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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