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有限会社インディーズゼロは、日本のゲームソフト開発会社。 == 概要 == 1997年設立。代表取締役は鈴井匡伸。事業所は東京都武蔵野市吉祥寺。 社名の由来は、資本も人脈も乏しい本当にゼロから始めてどこまでいけるかという思いと、独自性(インディーズ)を持ったゲームを作りたいという、ゲーム開発への意気込みから。〔「大人も子供もファミコン世代も。ファミコンリミックス開発者インタビュー」ニンテンドードリーム2014年4月号〕 なお、ゲーム雑誌『ファミ通』で述べた話によると、『ゲームセンターCX 有野の挑戦状』に登場する架空のゲーム会社の一つは、かつて社名候補として挙がったものの一つ〔「ゲームメーカー年鑑2009」週刊ファミ通 4月3日増刊号 特別付録〕。 主なパブリッシャーは任天堂およびバンダイナムコエンターテインメント、スクウェア・エニックス。2004年までトレーディングカードゲームの開発を行っていた。携帯ゲーム機用のソフト開発が中心。 会社設立当初から、構成とパッケージング手法、それにマッチしたUIデザインにこだわって開発に取り組んでおり〔「奇抜なアイディアの収束的パッケージング手法 ~『タッチ!ダブルペンスポーツ』の開発事例~」 CEDEC2011 2012年7月1日閲覧〕、操作のわかりやすい、ユーザーに配慮したゲーム作りを行っている〔「3DS「タッチ!ダブルペンスポーツ」プレイレポ!」 ゲーム制作会社サイパーコネクトツー公式ブログ「CC2の楽屋裏」 2012年7月1日閲覧〕。また、そのゲームのパッケージング手法には定評があり〔2011】奇抜なアイデアをいかにパッケージングし開発に落とし込むか〜『タッチ!ダブルペンスポーツ』の事例」 GameBusiness.jp 2013年1月4日閲覧〕、取引先企業からは、企画力、想像力、そして、熱意のある開発会社と評価されている〔ダブルペンスポーツ」のプロデューサー様インタビュー」 Amazon 2013年1月4日閲覧〕。インタビューでも「企画提案する場合は、ほぼ携帯ゲーム機に特化していました。すれちがい通信だったら誰にも負けないアイデアを出すとか、2画面を生かすゲーム作りなど、他の開発会社さんに負けない、自分たちの売りとしてこだわったゲーム作りをしてきました」と語っている。〔「大人も子供もファミコン世代も。ファミコンリミックス開発者インタビュー」ニンテンドードリーム2014年4月号〕 ジャンルを絞らず、毎回違うコンセプトのゲームを制作していることについて、インタビューでは「常に『新しいスタンダード』を目指して制作しているので、結果的にそうなっています。実際、以前に伝統的なアクションゲームの企画をクライアント企業に提案したことがありますが、クライアントもそういったものを私たちに対して期待しておらず、結局採用されませんでした」と述べている〔History Of Retro Game Challenge Developer Indies Zero」 Siliconera 2012年10月1日閲覧 〕。また、「少し懐かしい感じのゲームが多いでしょうか?」との質問に対しては、「最近はその路線が定着した感があって…若干「なんでだろう?」と思いつつも楽しく開発させてもらっています(笑)」と語っている。〔「大人も子供もファミコン世代も。ファミコンリミックス開発者インタビュー」ニンテンドードリーム2014年4月号〕 携帯ゲーム機用ソフト開発を中心にしていることについて、「携帯ゲームに集中することは、ビジネス的に最も安全なルートだと思うか?」という質問に対し、「ライバル企業が多く、発売されるソフトの本数が多いため、ゲームをリリースしても埋もれてしまうこともあり、決して安全ではありません。私たちは、アイデアに特化した開発に向いていることなどから携帯ゲームを選択しており、安全かどうかで選んだわけではありません。今までの経験から、私たちの会社のスタッフは携帯ゲームの開発を得意としており、今後も携帯ゲーム機用の開発を続けていきます」と回答している〔Zero: The Draw Of Portable Games」 Siliconera 2012年10月1日閲覧〕。 ソーシャルゲーム全盛の状況下で、今後はどんなゲームを作っていきたいかとの問いに対しては、「「勝った!」とか「楽しい!」といった“直接的な感情”だけでなく、遊んでくれる皆さんの日常生活や生長過程に少しでも良い影響を与えるゲームを作りたい。僕らが作ったゲームが、子供たちが物作りに興味を持つキッカケになったとしたら最高です。」と述べている〔週刊プレイボーイ 2014年1月13日号〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「インディーズゼロ」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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