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ウィリー・メイズ・エイキンズ(Willie Mays Aikens , 1954年10月14日 - )は、アメリカ合衆国サウスカロライナ州セネカ出身の元プロ野球選手(一塁手)。右投げ左打ち。 カンザスシティ・ロイヤルズの中心選手として一時期活躍した。現役引退後の1994年にクラック・コカイン販売の罪4件とコカイン販売時の銃器使用の罪1件で懲役20年の判決を受けて服役し、2008年の連邦量刑ガイドライン改正により、釈放された。 == 経歴 == === 現役時代 === 貧困の家庭で生まれ育った。学生時代は野球のみならず、サッカーやバスケットボールでも傑出した才能を発揮した。1月のMLB2次ドラフト1巡目で全体2位指名を受け、MLBのカリフォルニア・エンゼルスに入団した。 5月17日の対ボストン・レッドソックス戦でMLBデビュー。 はエンゼルスの正一塁手に定着し、打率.280・21本塁打・81打点を記録した。しかし、12月6日にトレードでカンザスシティ・ロイヤルズへ移籍した。 は打率.278・20本塁打・98打点の成績で、本塁打数と打点数はジョージ・ブレットに次いでチーム2位を記録した。この年のロイヤルズはリーグチャンピオンシップシリーズでニューヨーク・ヤンキースを3連勝で下し、フィラデルフィア・フィリーズとのワールドシリーズに進出を果たした。エイキンズはワールドシリーズの第1戦と第4戦で2本塁打ずつ放ち、6試合で打率.400を記録したが、チームは2勝4敗でワールドチャンピオンを逃した。同一シリーズで1試合2本塁打を2度記録している選手は他にのチェイス・アトリーのみである(終了時)。 に規定打席未到達ながら、125試合出場で打率.302・23本塁打・72打点を記録した。オフにコカイン所持の容疑で逮捕。11月17日に有罪判決を受け、チームメイトのウィリー・ウィルソン、元チームメイトのバイダ・ブルー、ジェリー・マーティンと共に懲役3ヶ月を言い渡された。12月20日にロイヤルズがトロント・ブルージェイズとの間でトレードを成立させ、ブルージェイズへ移籍した。 MLBコミッショナーのボウイ・キューンから1年間の出場停止処分を受けたが、その後に処分が見直されて5月15日に復帰した。1984年は93試合に出場して打率.205・11本塁打に終わった。 はシーズンのほとんどを傘下AAA級シラキュースで過ごした。また、ピッツバーグ薬物裁判に関連して大陪審に召喚されて証言した。 その後はからまでメキシカンリーグのプエブラ・エンゼルス、ハリスコ・チャロース、レオン・ブレーブス、モンテレイ・インダストリアレスに所属した。 1986年オフに日本プロ野球のヤクルトスワローズがエイキンズの獲得を目指し、エイキンズ自身も日本でのプレーに興味を持っていたが、交渉直前になってヤクルト本社から「健康を売り物にしている会社。企業イメージが悪くなる」という懸念が指摘され、解雇する予定だったマーク・ブロハードは残留、入団は幻に終わった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ウィリー・エイキンズ」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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