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「ウリヤノフスク」級原子力空母(「ウリヤノフスク」きゅうげんしりょくくうぼ)は、ソビエト連邦(以下、ソ連)で開発された原子力空母である。ソビエト連邦海軍(以下、ソ連海軍)での正式名称は 1143.7 「オリョール」設計重航空巡洋艦(1143.7 「オリョール」せっけいじゅうこうくうじゅんようかん;)であったが、ネームシップが「ウリヤノフスク」という艦名であったことから、「ウリヤノフスク」級と通称された。 ソ連崩壊後はウクライナの所有物となったが、完成せずに解体された。 == 概要 == ウリヤノフスクは、 1143.5設計および 1143.6設計重航空巡洋艦(いわゆる「アドミラル・クズネツォフ」級) 2隻に続く全通飛行甲板を有する航空機搭載艦として計画された。基本的には、設計番号からも類推されるように 1143.5設計の拡大型で、同型をサイズアップしたような外見となっており、艦首のスキージャンプ台も踏襲されている。兵装もそれとほぼ同一であり、飛行甲板前部に埋め込まれた対艦ミサイル垂直発射機もそのまま受け継がれた。 1143.5型では蒸気カタパルトの搭載は見送られたが、既に1980年代前半に蒸気カタパルトを含む陸上の発着シミュレートシステム「ニートカ」を建設していたソ連にとって、蒸気カタパルトの採用は技術的問題は何もなく、本型では、アングルド・デッキに蒸気カタパルト 2基が搭載される事になり、機関も原子力になった。つまり本型は「『クズネツォフ』をそのまま大きくして原子力推進化し、蒸気カタパルトを付けた『航空母艦』」と言える。スキージャンプ台と蒸気カタパルトを平行装備する奇妙な「空母」であるが、これは、たんにクズネツォフの設計を踏襲したためと見るのが妥当であり、カタパルトの能力に不安があったからではない。仮にソ連の蒸気カタパルトが実用に耐えないものであったのならば、本型もスキージャンプ台のみの設計になっていただろう。 ソ連は、1143設計重航空巡洋艦に続く航空機搭載艦として、当初は、蒸気カタパルトを備えた 8万tクラスの大型原子力空母を建造する計画であり、蒸気カタパルトの開発も進められていたのだが、ソビエト連邦国防省やソビエト連邦共産党中央委員会が「本格的原子力空母」の建造に消極的であったため、計画はトーンダウンし、スキージャンプ台を備えた通常動力の「アドミラル・クズネツォフ」が建造されることになった。中でも「蒸気カタパルトを備えた原子力空母」建造反対の急先鋒が、当時の国防相ウスチーノフ元帥だった。だが1980年代半ばには彼は現役を去り、「本格的原子力空母」の建造を阻む者はいなくなったため、ようやくソ連も、蒸気カタパルト付き原子力空母を建造できるようになったと言える。その意味で本型は、「クズネツォフ」と1970年代計画の 8万t級原子力空母を足して 2 で割ったような艦とも言える(ただ上述のように、外観は「クズネツォフ」級に近い)。 4隻が建造される予定であり、1988年に 1番艦が起工された。就役は1996年頃を予定していた。本型は、完成していれば Su-33やMiG-29K艦上戦闘機、Yak-44E艦上早期警戒機など 70機以上を搭載する、満載排水量7万9,758tというソ連最大の航空母艦になるはずであった。 ソ連が消滅した1991年12月には、既に中央政府からの資金供給は途絶えていたが、それでも、「ウリヤノフスク」および 1143.6設計「ワリャーグ」を建造していたウクライナの黒海造船工場(第444造船工場)は、この 2隻の建造を続行した(当時、同造船所の所長がインタビューに対し「中央政府からの資金供給はストップしたが、『ヴァリャーグ』および『ウリヤノフスク』の建造は続行している」と話している)。しかし、それも長くは続かず、1992年2月、「ヴァリャーグ」と共に工事は中断された。この時点では、船体の下半分が出来上がったところであった。その後、工事が再開される事はなくスクラップとなった。 「ウリヤノフスク」は実際に起工されながら未完成に終わった、いわゆる「未成艦」の中では、現在までの所、世界最大の軍艦である。(「計画のみ」であれば、より大型の艦も存在する。) 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ウリヤノフスク級原子力空母」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Soviet aircraft carrier Ulyanovsk 」があります。 スポンサード リンク
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