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ENIAC(エニアック、Electronic Numerical Integrator and Computer〔「電子式数値積分・計算機」の意〕)は、アメリカで開発された黎明期の電子計算機(コンピュータ)。チューリング完全でディジタル式だがプログラム内蔵方式とするにはプログラムのためのメモリがごくわずかで、パッチパネルによるプログラミングは煩雑ではあったものの、必ずしも専用計算機ではなく広範囲の計算問題を解くことができた〔Shurkin, Joel, ''Engines of the Mind: The Evolution of the Computer from Mainframes to Microprocessors'', 1996, ISBN 0-393-31471-5〕。 ENIACはアメリカ陸軍の弾道研究室での砲撃射表の計算向けに設計された〔ENIACが使われた最初の計算は、マンハッタン計画についてのものだった。 〕。1946年に発表されたとき、報道では「巨大頭脳」(Giant Brain) と称された〔なお、新技術に "Brain" という比喩を使うのは、戦時中から見られる。例えば、ライフ誌1937年8月16日の p.45 に ''Overseas Air Lines Rely on Magic Brain'' (RCA Radiocompass)、1942年3月9日の p.55 に ''the Magic Brain - is a development of RCA engineers'' (RCA Victrola)、1942年12月14日の p.8 に ''Blanket with a Brain does the rest!'' (GE Automatic Blanket)、1943年11月8日の p.8 に ''Mechanical brain sights gun'' (How to boss a BOFORS!) といった記事がある。〕。当時の電気機械式計算機に比べて千倍の計算速度だった。その演算能力と汎用プログラム能力に科学者や実業家は興奮した。 第二次世界大戦中、ENIACの設計と製作の資金はアメリカ陸軍が支出した。その契約は1943年6月5日に結ばれ、ペンシルベニア大学電気工学科にて "Project PX" の名で秘密裏に設計が開始された。1946年2月14日の夕方に完成したマシンが公開され、翌日にはペンシルベニア大学で正式に使用が開始された。開発にかかった総額は50万ドル弱だった。アメリカ陸軍に正式に引き渡されたのは1946年7月のことである。1946年11月9日、改造と記憶装置のアップグレードのためにシャットダウンされ、1947年にはメリーランド州のアバディーン性能試験場に移送された。そこで1947年7月29日に電源を入れ、1955年10月2日の午後11時45分まで運用された〔。 ENIACを考案・設計したのはペンシルベニア大学のジョン・モークリーとジョン・エッカートである。設計開発に加わった技術者としては、Robert F. Shaw(ファンクションテーブル)、Jeffrey Chuan Chu(除算器/平方根計算器)、アーサー・バークス(乗算器)、(入出力)、Jack Davis(アキュムレータ)らがいる。1987年、ENIACはIEEEマイルストーンに選ばれた。 == 概要 == ENIACはモジュラー構造で、個々のパネルがそれぞれ異なる機能を担っている。そのうち20のモジュールはアキュムレータと呼ばれ、十進法で10桁の数値を記憶し、加減算しかできない。数値はそれらモジュール間を結ぶいくつかの汎用バスを通して渡される。高速性を実現するため、数値の転送も計算も結果の格納も次の操作へのトリガも全て可動部品を使わずに行われる。その汎用性の鍵となったのは分岐する能力で、計算結果の符号によって次の操作を選択できるようになっていた。 ENIACは17,468本の真空管、7,200個のダイオード、1,500個のリレー、70,000個の抵抗器、10,000個のコンデンサ等で構成されていた。人手ではんだ付けされた箇所は約500万に及ぶ。幅30m、高さ2.4m、奥行き0.9m、総重量27トンと大掛かりな装置で、設置には倉庫1個分のスペース(167m2)を要した。消費電力は150kW〔http://encyclopedia2.thefreedictionary.com/ENIAC〕。そのため、ENIACの電源を入れるとフィラデルフィア中の明かりが一瞬暗くなったという噂が生まれた。入出力にはIBMのパンチカード(読み取り装置とパンチ)を使用可能だった。出力されたパンチカードをIBMのタビュレーティングマシン(IBM 405 など)に読み込ませて印字することができる。 現在のコンピュータは二進法で計算を行うものがほとんどだが、ENIACは内部構造に十進法を採用した。1桁の十進数を格納するのに、10ビットのを使用しており、1桁の記憶に36本の真空管を必要とする。そのうち10本は双三極管で、フリップフロップでリングカウンタを構成している。演算は、リングカウンタが入力パルスをカウントする形で行われ(リングカウンタのビット列は二進数を表しているのではなく、"1"の個数がその桁の値である)、あふれるとキャリーパルスを発生する。これは機械式計算機で数を表す歯車を電子的にエミュレートしたものである。全部で20の10桁のアキュムレータがあり、10の補数表現で負の値を表し、毎秒5,000回の加減算を行える。複数のアキュムレータを接続して同時並行的に動作させることができるので、最高性能はさらに高い。 1つのアキュムレータのキャリーをもう1つのアキュムレータへの入力とし、全体で20桁の演算となるよう構成することもできるが、回路のタイミングの関係で3つ以上のアキュムレータをキャリーで接続することはできない(30桁などは不可能)。アキュムレータのうち4台は「乗算器」の制御下にあり、毎秒385回の乗算が可能である。また5台のアキュムレータは「除算器/平方根計算器」の制御下にあり、毎秒40回の除算または毎秒3回の平方根計算が可能である。 他に、始動ユニット(処理の始動・停止を行う)、サイクリングユニット(クロックパルスを他のユニットに供給)、マスタープログラマ(ループ回数を制御するユニット)、リーダー(IBM製パンチカード読取装置の制御)、プリンター(IBM製カードパンチ機の制御)、定数転送ユニット、ファンクションテーブルといったユニットで構成されている。 Rojas and Hashagen またはウィルクス〔は、より詳細に内部の動きを説明しており、それは上述のものとは若干異なる。基本マシンサイクルは200マイクロ秒(サイクリングユニットの100kHzのクロックパルスの20サイクルに相当)で、10桁の数値を毎秒5,000回操作できる。その1サイクルで数値をレジスタに書き込んだり、レジスタから数値を読み出したり、2つの数値の加減算を行ったりできる。10桁の数値と ''d'' 桁の数値(''d'' の最大値は10)の乗算には ''d''+4 サイクルを必要とするので、10桁の数値同士の乗算は14サイクル(2800マイクロ秒)かかり、毎秒357回ということになる。どちらか一方の数値の桁数が少なければ乗算はもっと短時間で終了する。除算と平方根計算には 13(''d''+1) サイクルかかり、この場合の ''d'' は結果(商または平方根)の桁数である。したがって最大143サイクル(28,600マイクロ秒)かかるので毎秒35回となる(ウィルクス〔は、10桁の商を求めるのに6ミリ秒かかるとしている)。こちらも演算結果の桁数が少なければもっと短時間で完了する。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ENIAC(エニアック、Electronic Numerical Integrator and Computer「電子式数値積分・計算機」の意)は、アメリカで開発された黎明期の電子計算機(コンピュータ)。チューリング完全でディジタル式だがプログラム内蔵方式とするにはプログラムのためのメモリがごくわずかで、パッチパネルによるプログラミングは煩雑ではあったものの、必ずしも専用計算機ではなく広範囲の計算問題を解くことができたShurkin, Joel, ''Engines of the Mind: The Evolution of the Computer from Mainframes to Microprocessors'', 1996, ISBN 0-393-31471-5。ENIACはアメリカ陸軍の弾道研究室での砲撃射表の計算向けに設計されたENIACが使われた最初の計算は、マンハッタン計画についてのものだった。 。1946年に発表されたとき、報道では「巨大頭脳」(Giant Brain) と称されたなお、新技術に "Brain" という比喩を使うのは、戦時中から見られる。例えば、ライフ誌1937年8月16日の p.45 に ''Overseas Air Lines Rely on Magic Brain'' (RCA Radiocompass)、1942年3月9日の p.55 に ''the Magic Brain - is a development of RCA engineers'' (RCA Victrola)、1942年12月14日の p.8 に ''Blanket with a Brain does the rest!'' (GE Automatic Blanket)、1943年11月8日の p.8 に ''Mechanical brain sights gun'' (How to boss a BOFORS!) といった記事がある。。当時の電気機械式計算機に比べて千倍の計算速度だった。その演算能力と汎用プログラム能力に科学者や実業家は興奮した。第二次世界大戦中、ENIACの設計と製作の資金はアメリカ陸軍が支出した。その契約は1943年6月5日に結ばれ、ペンシルベニア大学電気工学科にて "Project PX" の名で秘密裏に設計が開始された。1946年2月14日の夕方に完成したマシンが公開され、翌日にはペンシルベニア大学で正式に使用が開始された。開発にかかった総額は50万ドル弱だった。アメリカ陸軍に正式に引き渡されたのは1946年7月のことである。1946年11月9日、改造と記憶装置のアップグレードのためにシャットダウンされ、1947年にはメリーランド州のアバディーン性能試験場に移送された。そこで1947年7月29日に電源を入れ、1955年10月2日の午後11時45分まで運用された。ENIACを考案・設計したのはペンシルベニア大学のジョン・モークリーとジョン・エッカートである。設計開発に加わった技術者としては、Robert F. Shaw(ファンクションテーブル)、Jeffrey Chuan Chu(除算器/平方根計算器)、アーサー・バークス(乗算器)、(入出力)、Jack Davis(アキュムレータ)らがいる。1987年、ENIACはIEEEマイルストーンに選ばれた。== 概要 ==ENIACはモジュラー構造で、個々のパネルがそれぞれ異なる機能を担っている。そのうち20のモジュールはアキュムレータと呼ばれ、十進法で10桁の数値を記憶し、加減算しかできない。数値はそれらモジュール間を結ぶいくつかの汎用バスを通して渡される。高速性を実現するため、数値の転送も計算も結果の格納も次の操作へのトリガも全て可動部品を使わずに行われる。その汎用性の鍵となったのは分岐する能力で、計算結果の符号によって次の操作を選択できるようになっていた。ENIACは17,468本の真空管、7,200個のダイオード、1,500個のリレー、70,000個の抵抗器、10,000個のコンデンサ等で構成されていた。人手ではんだ付けされた箇所は約500万に及ぶ。幅30m、高さ2.4m、奥行き0.9m、総重量27トンと大掛かりな装置で、設置には倉庫1個分のスペース(167m2)を要した。消費電力は150kWhttp://encyclopedia2.thefreedictionary.com/ENIAC。そのため、ENIACの電源を入れるとフィラデルフィア中の明かりが一瞬暗くなったという噂が生まれた。入出力にはIBMのパンチカード(読み取り装置とパンチ)を使用可能だった。出力されたパンチカードをIBMのタビュレーティングマシン(IBM 405 など)に読み込ませて印字することができる。現在のコンピュータは二進法で計算を行うものがほとんどだが、ENIACは内部構造に十進法を採用した。1桁の十進数を格納するのに、10ビットのを使用しており、1桁の記憶に36本の真空管を必要とする。そのうち10本は双三極管で、フリップフロップでリングカウンタを構成している。演算は、リングカウンタが入力パルスをカウントする形で行われ(リングカウンタのビット列は二進数を表しているのではなく、"1"の個数がその桁の値である)、あふれるとキャリーパルスを発生する。これは機械式計算機で数を表す歯車を電子的にエミュレートしたものである。全部で20の10桁のアキュムレータがあり、10の補数表現で負の値を表し、毎秒5,000回の加減算を行える。複数のアキュムレータを接続して同時並行的に動作させることができるので、最高性能はさらに高い。1つのアキュムレータのキャリーをもう1つのアキュムレータへの入力とし、全体で20桁の演算となるよう構成することもできるが、回路のタイミングの関係で3つ以上のアキュムレータをキャリーで接続することはできない(30桁などは不可能)。アキュムレータのうち4台は「乗算器」の制御下にあり、毎秒385回の乗算が可能である。また5台のアキュムレータは「除算器/平方根計算器」の制御下にあり、毎秒40回の除算または毎秒3回の平方根計算が可能である。他に、始動ユニット(処理の始動・停止を行う)、サイクリングユニット(クロックパルスを他のユニットに供給)、マスタープログラマ(ループ回数を制御するユニット)、リーダー(IBM製パンチカード読取装置の制御)、プリンター(IBM製カードパンチ機の制御)、定数転送ユニット、ファンクションテーブルといったユニットで構成されている。Rojas and Hashagen またはウィルクスは、より詳細に内部の動きを説明しており、それは上述のものとは若干異なる。基本マシンサイクルは200マイクロ秒(サイクリングユニットの100kHzのクロックパルスの20サイクルに相当)で、10桁の数値を毎秒5,000回操作できる。その1サイクルで数値をレジスタに書き込んだり、レジスタから数値を読み出したり、2つの数値の加減算を行ったりできる。10桁の数値と ''d'' 桁の数値(''d'' の最大値は10)の乗算には ''d''+4 サイクルを必要とするので、10桁の数値同士の乗算は14サイクル(2800マイクロ秒)かかり、毎秒357回ということになる。どちらか一方の数値の桁数が少なければ乗算はもっと短時間で終了する。除算と平方根計算には 13(''d''+1) サイクルかかり、この場合の ''d'' は結果(商または平方根)の桁数である。したがって最大143サイクル(28,600マイクロ秒)かかるので毎秒35回となる(ウィルクスは、10桁の商を求めるのに6ミリ秒かかるとしている)。こちらも演算結果の桁数が少なければもっと短時間で完了する。」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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