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エマニュエル・ムディエイ : ウィキペディア日本語版 | エマニュエル・ムディエイ
エマニュエル・ムディエイ (Emmanuel Mudiay 1996年3月5日 - )は、コンゴ民主共和国 (旧国名:ザイール) の首都キンシャサ出身、アメリカ合衆国・テキサス州ダラス育ちのプロバスケットボール選手。中国でプロデビューし、現在はNBAのデンバー・ナゲッツに所属している。 ==来歴== 第二次コンゴ戦争の真っ只中の1996年にキンシャサで生まれたムディエイは、2001年に家族と共に渡米し、テキサス州ダラスで育つ。渡米後にバスケットボールを始めたムディエイは、高校は隣街のアーリントンのグレース・アカデミー高校に進学した後にダラスのプライム・アカデミー高校に転校。その当時から注目していたという南メソジスト大学のHCラリー・ブラウンは、ムディエイを同大学に進学するように呼び掛け、またケンタッキー大学やアリゾナ大学などの関係者もムディエイのスカウトに訪れていたが、ムディエイは大学に進学せず、ブランドン・ジェニングスと同じように、国外リーグでプレーした後にNBA入りを目指すことを決意。2014年7月にCBAの広東サザンタイガースと契約した〔Mudiay will earn $1.2 million to play in China with Guangdong 〕。 そして中国での1年間の武者修行を終えたムディエイは、改めて2015年のNBAドラフトにエントリーを表明。全体7位でデンバー・ナゲッツから指名された〔take Emmanuel Mudiay with seventh pick in NBA Draft 〕〔take Emmanuel Mudiay with seventh pick in NBA Draft 〕。 NBAデビュー戦となった2015-16シーズン開幕戦のヒューストン・ロケッツとの対戦は、前ナゲッツのタイ・ローソンとのマッチアップとなり、11ターンオーバーを喫しながらも、18得点9アシストを記録し、ナゲッツに開幕戦勝利をもたらした〔23 points leads Nuggets over Rockets 105-85 〕。また、2016年3月23日のフィラデルフィア・76ers戦では、 101-103で迎えた第4クォーター残り数秒の場面から、起死回生の逆転3ポイントシュートを決めた〔Mudiay Knocks Down Game Winning Buzzer Beater 〕。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「エマニュエル・ムディエイ」の詳細全文を読む
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