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オスカル・モルゲンシュテルン : ウィキペディア日本語版
オスカー・モルゲンシュテルン

オスカー・モルゲンシュテルン(Oskar Morgenstern, 1902年1月24日 - 1977年7月26日)は、ドイツ生まれで、オーストリアで学び、アメリカで活躍した経済学者
ジョン・フォン・ノイマンと共にゲーム理論を経済学の世界へと持ち込み現在のミクロ経済学の基礎をつくりあげた。日本におけるゲーム理論の父である鈴木光男の師。(日本人の間ではオスカー・モルゲンシュタインともいう。)
==略歴==

*1902年 ドイツのゲルリッツに生まれる。
*高校と大学についてオーストリアウィーンで学ぶ。
*1925年 博士号を取得する。
*3年間、ロックフェラー財団の奨学金でヨーロッパとアメリカ各地を旅行。
*1929年 オーストリアに戻り、ウィーン大学の講師となる。
*1931年1938年 オーストリア景気循環研究所長、『国民経済雑誌』編集者、オーストリア国立銀行顧問、哲学者・数学者の「ウィーン・サークル」メンバー等として活躍。
*1935年 教授となる。
*1938年 休暇でアメリカにいる時ナチスによるオーストリア占領があり、その結果、ウィーン大学を解雇となる。
*1938年 プリンストン大学に奉職する。
*1939年 プリンストン大学の上級研究所で初めてフォン・ノイマンと会う。
*1944年 フォン・ノイマンと共著の“Theory of Games and Economic Behavior”(『ゲームの理論と経済行動』)を出版する。
*1970年 プリンストン大学を退官。
*1970年から死去までの間、ニューヨーク大学経済学教授職を務めた。
*1977年 ニュージャージー州プリンストンにて死去。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「オスカー・モルゲンシュテルン」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Oskar Morgenstern 」があります。



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