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カルムイク自治ソビエト社会主義共和国 (カルムイクASSR カルムイク語:Хальмг Автономи Советск Социалистическ Республик)はソビエト・ロシア内の自治共和国。1935年から1943年にかけてと、1958年から1990年にかけての二つの時期に存在した。首都はエリスタ。都市と農村の人口はそれぞれ13万9千人と19万人であった〔СССР, Административно-териториаляное деление союзных республик, стр. 37: Данните са към 1 януари 1987 г. 〕。 一回目のカルムイクASSRは1935年10月22日にカルムイク自治州の昇格によって設立された。1943年になるとナチス・ドイツの侵攻によって占領され、消滅した。カルムイク人は多くが中央アジアに移住させられた。ドイツ軍の退却以後はスタブロポリ州とスターリングラード州に分けられていた。 1957年1月にカルムイク自治州が再建され、1958年にはカルムイク自治州の再昇格によって二度目のカルムイクASSRが設立された。1990年には政体の変化と主権の宣言がソビエト連邦に受け入れられた。カルムイクASSRは1992年3月31日まで続いたが、その後カルムイク共和国に変化し、ロシア連邦の共和国になった。 小惑星カルムイキアは1977年にソビエト連邦の天文学者Nikolai Stepanovich Chernykhに発見され、この国に由来して名づけられている。 == 民族構成 == 1979年の国勢調査によると人口の民族構成は以下のようなものだった〔СССР Энциклопедический справочник, ред. А. М. Прохоров, стр. 531〕。 *カルムイク人 - 122000 *ロシア人 - 126000、その他。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「カルムイク自治ソビエト社会主義共和国」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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