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カルロス・カエタノ・ブレドルン・ヴェーリー : ウィキペディア日本語版
ドゥンガ

カルロス・カエタノ・ブレドルン・ヴェーリー (, 1963年10月31日 - )、通称ドゥンガ () はブラジル出身の元サッカー選手サッカー指導者。ポジションはMFボランチ)。現ブラジル代表監督。
ブラジル代表選手として1990年1994年1998年ワールドカップに出場した。2006年7月から2010年7月まで代表監督(第1期)を務めた。
== 経歴 ==

=== 選手時代 ===
ブラジル南部のリオ・グランデ・ド・スル州でドイツ系およびイタリア系移民の家に生まれた。あだ名の「ドゥンガ」は「白雪姫と七人のこびと」に登場するこびとたちの中でもっとも若い「おとぼけ(dopey)」に由来し、子供の頃身長が低かったため父親の友人に名付けられたと語っている。なお、ドゥンガの父親もサッカー選手である。
プロ選手になるためのセレクションに合格し、インテルナショナルの寮に入り、練習と食事はサンドウィッチとコーラだけ、服は寮の仲間と貸し借りの生活をおくる。
出身地から近い名門インテルナシオナルでプロデビュー、イタリアに渡りピサフィオレンティーナペスカーラで活躍した。
1990年のワールドカップに出場した際には、後半35分にマラドーナにスルーパスを通されて負けてしまい、ブラジルの早期敗退の原因としてGKのクラウディオ・タファレル、監督のセバスティアン・ラザロニなどとともにメディアから厳しく批判された。批判は数年にわたって続き、「国民の恥」(ドゥンガ著「勝利の条件」より)とまで言われた。ジーコもこのバッシングに関しては著作の中で「あまりにも不当な非難」と述べている。
VfBシュトゥットガルトなどでプレーした後、1995年から日本のジュビロ磐田に所属した。
円高不況のあおりをうけて大幅な減俸を提示した磐田と金銭面で折り合いが付かず1998年に退団した。その後は古巣インテルナシオナルで1シーズンプレー後に現役を引退した。
引退後は「市民能力開発のためのドゥンガ財団」の代表として社会福祉活動などに従事するとともに、1999年から2004年にかけてはジュビロ磐田のチームアドバイザーも務めた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ドゥンガ」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Dunga 」があります。



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