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カルロス・ラバード(Carlos LAVADO, 1956年5月25日 - )は、ベネズエラ出身の元オートバイ・ロードレースライダー。1983年及び1986年ロードレース世界選手権250ccチャンピオン。ヤマハ、ジレラを渡り歩いた250ccの職人ライダー。 == 略歴 == グランプリデビューはのベネズエラGP。地元で行われたこのレースの250ccクラスにスポット参戦して2位になったラバードは、翌のベネズエラGP350ccクラスでは早くもグランプリ初優勝を飾った〔Carlos Lavado - The Official MotoGP Website 〕。 からはグランプリにフル参戦を開始。250ccクラスと350ccクラスに参戦するが、当時の両クラスはカワサキワークスが圧倒的な強さを誇っており、市販マシンのTZで戦うラバードは苦戦を強いられた。しかし350ccクラスが廃止となり250ccクラスに専念するようになった、カワサキのワークス活動撤退とチャンピオンのアントン・マンクが500ccクラスにステップアップしたことで、ラバードに大きなチャンスが巡ってきた。この年のラバードは4勝を含む6回の表彰台に加え、全11戦中リタイヤはフランスGPの1回だけで他の全てのレースで入賞するという安定した速さを発揮し、初タイトルを獲得した〔。ベネズエラ人のワールドチャンピオンは350ccクラスのジョニー・チェコット以来であった。 ホンダとヤマハが250ccクラスにも本格的にワークスマシンを投入してきたには、ヤマハのYZR250を駆って2度目のチャンピオンに輝いた〔。この年は全11戦中優勝が6戦、2位が2戦、それ以外の3戦は転倒リタイヤと、1983年とは対照的に「優勝か転倒か」という極端なシーズンとなった。 以降は怪我に泣かされ、チャンピオン争いに加わることはできなかった。グランプリ参戦は1978年からまでの15シーズンに及んだ。通算19勝〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「カルロス・ラバード」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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