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カール・メイズ : ウィキペディア日本語版
カール・メイズ

カール・ウィリアム・メイズCarl William Mays , 1891年11月12日 - 1971年4月4日)は、アメリカ合衆国ケンタッキー州リバティ出身のプロ野球選手投手)。右投げ左打ち。愛称"Sub"サブ)。
8月16日クリーブランド・インディアンスレイ・チャップマンは頭部に投球を受けて昏倒し、翌17日に亡くなった。MLBにおいて、試合中に他選手から傷害を受けた事が原因で選手が死亡した唯一の例である。その時の相手投手として多くの人々から非難され、永遠に記憶される事になった。翌に最多勝のタイトルを獲得した〔。
== 経歴 ==

=== レッドソックス時代 ===
12歳の時に父親を亡くした〔。信仰心に篤いクリスチャンであり、クリスティ・マシューソンと同じく日曜日の登板を拒否した。
プロ野球のキャリアを開始した〔。
4月15日にボストン・レッドソックス投手として、MLBデビュー〔。後年に考え出された指標だが、この年のセーブ数は7でアメリカンリーグ1位を記録している〔〔。同年9月16日の対デトロイト・タイガース戦で、タイ・カッブと汚い言葉の応酬で衝突した。この試合の8回にメイズがカッブのインコースに投げた後、カッブはメイズの方向へ向けてバットを投げ、「雌犬の駄目息子」と罵った。これに対してメイズは「黄色い犬(くだらない人間、臆病者の意)」と言い返した。試合再開後にメイズの投球はカッブの手首に直接当たった。この事件はメイズがビーンボールを投げるヘッドハンターである」との評判を確固たるものとした。
ブルックリン・ロビンスとのワールドシリーズでは第5戦に先発投手として登板したが、5.0を投げて4失点と散々で敗戦投手になった。レッドソックスの敗戦はこの1試合のみで、4勝1敗でロビンスを破ってワールドチャンピオンに輝いた〔〔。
防御率1.74(2位)・22(5位)9敗を記録〔。ベーブ・ルースと共にレッドソックスを支える投手に成長した。
も防御率2.21(8位)・21勝(3位)13敗・30完投(1位)・8完封(1位)の好成績を残し〔、シカゴ・カブスとのワールドシリーズ第6戦では第3戦に続いて完投勝利を収め、レッドソックスを4勝2敗でワールドチャンピオンへ導いた〔。
に入ってからメイズにとって物事は悪い方向へと向かっていく。この年のスプリングトレーニング期間中にミズーリ州にある彼の農場は全焼し、メイズは放火を疑った〔。5月26日のベイカー・ボウルで行われた対フィラデルフィア・フィリーズ戦ではダッグアウトから出る時に観客席の群衆へ向けてボールを勢い良く投げ入れ、ブライアン・ヘイズという名前のファンに直撃した。試合後にヘイズは警察に行き、逮捕状が発行された。逮捕前に町を離れる事が出来たが、事件のためにMLB機構から100ドルの罰金を科され、以後はフィラデルフィアに行くのを避けなければならなくなった。
また、1919年シーズンは打線の援護不足で勝てない試合が多くなった。7月13日まで5勝11敗と大きく負け越していた。この日の対シカゴ・ホワイトソックス戦で、一塁走者エディ・コリンズの二塁への盗塁を阻止しようとしたウォーリー・シャング捕手の送球がメイズの頭部に当たってしまった。メイズはこの回が終わると荒々しくマウンドを降り、チームから離脱してボストンに戻った〔〔。メイズは他球団へのトレードを要求して登板を拒否し〔、経営難に陥っていたレッドソックスはコスト削減対策の最初の動きとして29日にニューヨーク・ヤンキースとの間で1(メイズ)対2選手プラス金銭40000ドルのトレードを成立させた〔。選手がプレーを拒否する事によって保留条項(選手の自由移籍を禁止する条項)を覆す力が与えられ、他球団への移籍が可能になる悪しき前例が作られるのを阻止したいバン・ジョンソンアリーグ会長はこのトレードを無効にしようと企み、熾烈な法廷闘争が行われた。最終的には両球団にホワイトソックスを加えた3球団がナショナルリーグに参加すると脅しをかけてきたためにジョンソン会長側が譲歩せざるを得なかった〔〔。ベーブ・ルースも1919年シーズン終了後にヤンキースにトレードされた〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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