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兄弟姉妹婚(きょうだいしまいこん、けいていしまいこん)は、兄弟姉妹同士の結婚である。平仮名や片仮名による兄弟姉妹を意味する表現を用いて「きょうだい婚」や「キョウダイ婚」などと表現する場合もある。現在許可している国としては、異母もしくは異父の場合に限っては可能としているスウェーデンが知られているが、多くの国において近親婚の制限として全血半血を問わず禁止されている。 == 歴史的状況 == === 西ユーラシア・北アフリカ === 全血の兄弟姉妹婚は古代エジプトなどで見られた。姉弟婚がエジプトの王家でよく見られることについて、元々は母権制の社会において男性が子供達との系譜上の関係性を高めようとしたためであったという見方もある〔原田武 『インセスト幻想—人類最後のタブー』(人文書院、2001年) 30ページ ISBN 4-409-24065-X〕。エジプトのファラオであるツタンカーメンのDNA鑑定を行ってみたところ、ツタンカーメンは兄弟姉妹の間に生まれた子供と推測されたという研究報告も存在する。王族の話が特に有名ではあるが、山内昶は2世紀におけるエジプトの記録で婚姻例113例のうち兄弟姉妹婚は23例とされ、兄弟姉妹婚の比率が20%に達していたことを指摘している〔山内昶 『タブーの謎を解く―食と性の文化学』(筑摩書房、1996年) 56ページ ISBN 4-480-05691-2〕。 ユダヤ人は『レビ記』の規定において兄弟姉妹同士の性関係を禁止したが、ウル(所在地は後のイラク南部と推定されている)生まれでカナン(後のパレスチナ周辺地区)に移住し、ユダヤ人の祖となったとされるアブラハムは異母妹のサラと結婚していたという伝承もある。 古代ギリシアでは兄弟姉妹婚に対してある程度柔軟な対応を採っていたとされている。半血の兄弟姉妹婚について、スパルタにおいては子供の関係が同母異父の場合は認めていたとされ、アテナイにおいては子供の関係が同父異母の場合は認めていたとされる〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「兄弟姉妹婚」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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