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クック・インダストリーズ : ウィキペディア日本語版
クック・インダストリーズ
クック・インダストリーズ()は、かつてアメリカ合衆国で事業を行っていた商社1970年代中期には穀物メジャーの一角を占めていたが、穀物相場仕手戦に敗れ、1977年に倒産した。
== 沿革 ==
1919年、エバレット・クックはテネシー州メンフィスにて綿花商を創業。エバレットの息子のエドワード・クックは会社を継ぐと、合成繊維に押されて不振に陥った綿花事業に見切りをつけ、1961年より穀物事業に進出した。初仕事は東京へ12,000トンのダイズの売付であったが、既存の穀物商社の機嫌を損ねることを恐れた船舶仲介会社が船を用意することを渋り、14000ドルの損失を出した。1967年、エドワードは資金の大半の1200万ドルを投じ、ルイジアナ州リサーブにカントリーエレベーターを建設。運転資金調達のため、メンフィスの建材会社であるELブルース社と合併させたが、ELブルース社は上場企業であったため、当時の穀物メジャーの中で唯一の株式公開企業となった。1972年、当時のソ連穀物輸出公団にコムギ30万トンとダイズ100万トンの売付に成功。これを機にソビエト連邦向けの取引を拡大していった。1972年から1975年にかけて、前農務次官のカロル・ブラントヘイバー率いる調査部と、ウィラード・スパークスの指揮による積極的な投機取引により急激な成長を遂げた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「クック・インダストリーズ」の詳細全文を読む



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