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クリス・スレイド : ウィキペディア日本語版
クリス・スレイド

クリス・スレイド(Chris Slade、1946年10月30日 - )は、イギリスウェールズ出身のロックドラマー
==経歴==
ウェールズ南部のグラモーガン(Glamorgan)地方ポンタプリーズ(Pontypridd)出身。
スレイドは1963年よりトム・ジョーンズのバック・バンドで活動。1969年にはオリビア・ニュートン=ジョンとともに映画『''Toomorrow''』(1970年公開)の作中バンドToomorrowに参加するが〔、映画およびサウンドトラック・アルバムには不参加となり、カール・チェンバースがスレイドの後任を務めた〔『Toomorrow』アメリカ盤リマスターCD(2014, RGM-0218)ライナーノーツ(Joe Marchese)〕。1971年から1978年までは、マンフレッド・マンズ・アース・バンド(Manfred Mann's Earth Band)のメンバーであった〔。1980年より2年間ユーライア・ヒープに在籍し、その後ゲイリー・ニューマンのアルバム『アイ・アサシン』のレコーディングおよびツアーに参加〔。1984年にはデヴィッド・ギルモアのツアーに参加するが〔、ギルモアから参加依頼を受けた直後にジミー・ペイジの新バンドにも勧誘され、ギルモアのツアー終了後にペイジと合流。ペイジ、ポール・ロジャーストニー・フランクリンと結成された新バンドは、スレイドの案によりザ・ファームと名付けられ、1986年まで活動。1989年ゲイリー・ムーアのアルバム『アフター・ザ・ウォー』に伴うツアーのリハーサル中にコージー・パウエルが離脱し、スレイドが代役としてツアー・ドラマーを務めた。
スレイドが最も注目を浴びたのは、1989年に、オーストラリアハード・ロック・グループAC/DCから、サイモン・ライトの脱退を受けて、バンドへの参加を求められたときだったといえるだろう。ヤング兄弟(アンガスマルコム)は、当初はスレイドを一時的な代役として雇い、やがて次のアルバムのレコーディング中にバンドの正式メンバーとなることを求めた。スレイドはアルバム『レイザーズ・エッジ』と、それを受けてのツアーに参加した。しかし、4年後、ヤング兄弟は、自分たちのスタイルのロックにぴったりの「グルーヴ」を出せる、として元メンバーのフィル・ラッドを復帰させることにし、スレイドに離脱を求めた。
AC/DCを離れたスレイドは、数年間、イギリスの田舎で生活していたが、プログレッシブ・ロック・グループのエイジアジェフ・ダウンズからバンドへの参加を求められた。最終的に2005年9月に脱退するまで、スレイドは6年間エイジアに在籍した。
その後は、Chris Slade Steel Circle "CS/SC" という、AC/DCのトリビュート・バンドを率いる一方、セッション・ドラマーとしても活動していた。しかし、2014年にフィル・ラッドが不祥事により逮捕されたのを受け、2015年2月の第57回グラミー賞授賞式よりラッドの代役としてAC/DCに再加入し、その後のワールド・ツアーにも参加。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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