翻訳と辞書
Words near each other
・ グレンウッド駅
・ グレンエイボン
・ グレンエイボンフットボールクラブ
・ グレンガラン
・ グレンガリー帽
・ グレンキャニオンダム
・ グレンギャリー・グレンロス
・ グレンコア
・ グレンコア・エクストラータ
・ グレンコウの虐殺
グレンコフ・ジョンソン
・ グレンコー
・ グレンコー (競走馬)
・ グレンコーの虐殺
・ グレンコーブ (ニューヨーク州)
・ グレンコーブ駅
・ グレンジャー
・ グレンジャー郡 (テネシー州)
・ グレンスミスの日記
・ グレンズフォールズ (ニューヨーク州)


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

グレンコフ・ジョンソン : ウィキペディア日本語版
グレンコフ・ジョンソン

グレンコフ・ジョンソンGlengoffe Johnson、男性、1969年1月2日 - )は、ジャマイカプロボクサーグレン・ジョンソンGlen Johnson)とも。元IBF世界ライトヘビー級王者。
== 来歴 ==
1993年2月19日、アメリカ合衆国でプロデビュー。
1997年7月20日、デビューから32連勝でIBF世界ミドル級王者バーナード・ホプキンス(アメリカ合衆国)に挑戦し、11回1分23秒TKO負けを喫し王座獲得に失敗、キャリア初黒星となった。
1999年4月22日、WBCアメリカ大陸スーパーミドル級王座決定戦でトロイ・ワトソン(アメリカ合衆国)と対戦し、3-0の判定勝ちを収め、王座を獲得した。
1999年11月27日、ドイツでIBF世界スーパーミドル級王者スベン・オットケドイツ)に挑戦し、0-3の判定負けで王座獲得ならず。
2000年4月15日、WBU世界スーパーミドル級王座決定戦でシルビオ・ブランコイタリア)と対戦し、0-3の判定負けで王座獲得に失敗、3連敗となった。
2000年9月23日、IBFインターコンチネンタルスーパーミドル級王座を獲得した。
2001年7月28日、WBOインターコンチネンタルライトヘビー級王座を獲得した。
2003年1月24日、後のWBO世界ライトヘビー級王者フリオ・セサール・ゴンザレスメキシコ)とノンタイトルマッチで対戦し、0-2の判定負けを喫した。
2003年5月18日、USBA全米ライトヘビー級王座決定戦でエリック・ハーディング(アメリカ合衆国)と対戦し、3-0の判定勝ちで王座を獲得した。
2003年11月7日、イギリスでIBF世界ライトヘビー級王座決定戦でクリントン・ウッズイングランド)と対戦し、1-1の判定ドロー。2004年2月6日、すぐさま再戦し、3-0の判定勝ちで世界王座を獲得した。
2004年9月25日、ロイ・ジョーンズ・ジュニア(アメリカ合衆国)と対戦し、9回に右クロスで失神KO勝ちを収め初防衛に成功した。
その後、指名試合よりもWBC世界ライトヘビー級王者アントニオ・ターバー(アメリカ合衆国)との試合を優先させたため、IBF世界ライトヘビー級王座を剥奪された(ターバーもWBC世界ライトヘビー級王座を剥奪された)。
2004年12月18日、IBO世界ライトヘビー級王者アントニオ・ターバーと対戦し、2-1の判定勝ちを収め王座獲得に成功した。
2005年6月18日、ターバーと再戦し、0-3の判定負けを喫し、王座から陥落した。
2005年9月30日、IBF世界ライトヘビー級王座挑戦者決定戦でホルヘ・ジョーンズ(アメリカ合衆国)と対戦し、10回TKO勝ちで指名挑戦権を獲得した。
2006年2月24日、IBA世界ライトヘビー級王座決定戦でリチャード・ホール(ジャマイカ)と対戦し、3-0の判定勝ちで王座を獲得した。
2006年9月2日、イギリスでIBF世界ライトヘビー級王者クリントン・ウッズ(イングランド)に挑戦し、1-2の判定負けで王座返り咲きならず。
2007年5月16日、IBF世界ライトヘビー級挑戦者決定戦でモンテル・グリフィン(アメリカ合衆国)と対戦し、11回TKO勝ちで指名挑戦権を獲得した。
2008年4月12日、WBC世界ライトヘビー級王者チャド・ドーソン(アメリカ合衆国)に挑戦し、0-3の判定負けで王座獲得に失敗した。
2009年11月7日、WBC世界ライトヘビー級暫定王座決定戦でチャド・ドーソンと再戦し、0-3の判定負けで王座獲得ならず〔ドウソン、また宿敵に勝つ WBC暫定L・ヘビー級戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年11月10日〕。
2010年2月5日、IBF世界ライトヘビー級挑戦者決定戦でユーサフ・マック(アメリカ合衆国)と対戦し、6回TKO勝ちを収め、指名挑戦権を獲得した。
2011年6月4日、カール・フローチイギリス)とのSuper Six World Boxing Classic準決勝第2試合でWBC世界スーパーミドル級タイトルマッチを行ない、0-2の判定負けで王座獲得に失敗。Super Six World Boxing Classicも準決勝で敗退〔Carl Froch retains WBC title with majority decision over Glen Johnson guardian.co.uk(英語) 2011年6月5日〕。
2011年11月5日、ケベック・シティーのペプシ・コリセウムでIBF世界スーパーミドル級王者ルシアン・ブーテルーマニア)と対戦し、12回0-3(2者が108-120、109-119)の判定負けを喫し、王座獲得に失敗した。
2012年7月13日、シカゴのUICパビリオンでアンドルー・フォンファラポーランド)と対戦し、10回10回0-3(91-99、2者が93-97)の判定負けを喫した。
2012年12月15日、イギリスでジョージ・グローブスと対戦し、12回0-3の判定負けを喫し、4連敗となった。
2014年6月28日、コンゴ民主共和国キンシャサでWBCインターナショナルクルーザー級王座決定戦でイルンガ・マカブと対戦するが、9回2分40秒TKO負けで王座獲得に失敗した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「グレンコフ・ジョンソン」の詳細全文を読む



スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.