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ケント・ジョージ・ナガノ(Kent George Nagano, 1951年11月22日 - )は、アメリカ合衆国の指揮者。日系アメリカ人4世。妻はピアニストの児玉麻里で、娘はピアニストのカリン・ケイ・ナガノ (Karin Kei Nagano)〔ケント・ナガノの娘、カリン・ケイ・ナガノがCDデビュー CDジャーナル 2014年7月18日〕である。 == 来歴 == カリフォルニア大学バークレー校在学中に学生結婚した両親のもと、バークレーに生まれ、モロ・ベイに育つ。父方の祖父が農場を経営していたために、建築技師であった父と、微生物学者でピアニストでもあった母は農業に携わっていたが、6歳より母親によるピアノ指導が始まった。 カリフォルニア大学サンタクルーズ校にて社会学と音楽を学ぶが、1976年にサンフランシスコ州立大学に転学して法学を専攻するかたわら作曲を学んだ。 サラ・コールドウェルの助手としてボストン・オペラ・カンパニーを指揮したのを皮切りに演奏活動に入り、1978年から28年間バークレー交響楽団の音楽監督(2006年より首席客演指揮者)を務めながら、ハレ管弦楽団やリヨン国立オペラの首席指揮者や音楽監督にも就任する。その後はベルリン・ドイツ交響楽団の首席指揮者ならびに芸術監督も務めた。 1983年にメシアンのオペラ『アッシジの聖フランチェスコ』が初演されるにあたって、作曲者本人から小澤征爾のアシスタントとして後任の指揮者に抜擢されている。 ザルツブルク音楽祭の常連指揮者でもあり、サーリアホのオペラ『彼方からの恋』(''L'Amour de loin'')を2000年に同音楽祭で初演した。ジョン・アダムズのオペラ『クリングホファーの死』(''The Death of Klinghoffer'')の世界初演(於・ブリュッセル)、エトヴェシュのオペラ『三人姉妹』(''Three Sisters'')の世界初演(於・リヨン)においても指揮者を務めた。 2006年よりモントリオール交響楽団およびバイエルン国立歌劇場の音楽監督に就任した。ベルリン・ドイツ交響楽団の任務は同年9月に退任したが、名誉指揮者の称号を得て客演活動を続けている。また、2013年にバイエルン国立歌劇場を退任後、エーテボリ交響楽団へ転任している。2008年、日本政府より旭日小綬章を受章した。 2011年、東日本大震災後に来日し、青山学院大学のオーケストラを指揮した。同年にはバイエルン国立歌劇場とともに来日、第二の故郷での凱旋公演となった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ケント・ナガノ」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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