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『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』(かいじゅうとうのけっせん ゴジラのむすこ)は1967年(昭和42年)12月16日に公開された日本映画でゴジラシリーズの第8作。 製作、配給は東宝。カラー、東宝スコープ。上映時間は86分。初回興行時の観客動員数は248万人。併映は『君に幸福を センチメンタル・ボーイ』(監督:丸山誠治、主演:舟木一夫、東京映画作品)。登場怪獣はゴジラ、ミニラ、カマキラス、クモンガ。 == 概要 == 前作『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』に続き、南海の島が舞台となっている。本編は福田純監督、特撮は有川貞昌監督と、前作に続き若手起用がなされ、本編ではグアム島ロケが敢行されて話題となった。 本作で初めてゴジラの子供ミニラが登場するため、「ゴジラはオスなのかメスなのか」が話題となった。当時の宣伝材料では、「パパゴジラ」と表記されている。また、監督の福田純は「この作品のゴジラはオスです」とコメントしている。ミニラの登場についてプロデューサーの田中友幸は「苦し紛れに考えだした」と述べている。有川貞昌は「あとで聞いた話」として、「私が二代目の特技監督に決まって、それでゴジラにも息子を、というアイディアが出た」と述べている。また、クランク・アップ後にミニラ役の小人のマーチャンから記念に電気カミソリを贈られ、「今でも使っていて、使うたびに良き時代が思い出されます」と語っている〔。 「バヤリース」と「パンアメリカン航空」がタイアップしている。 本作はゴジラ映画初の海外ロケが行われ、主要なキャストもロケ地のグアムに渡って撮影が行われた。ただし楠見博士役の高島忠夫のみグアムには行かず、代わりに現地で雇った高島に似た中国とフィリピンのハーフの人物を代役として撮影している。後年、高島は自身が飛行機が苦手であったため海外ロケを断ったと明かしている。高島の妻の分のチケットも用意するという田中プロデューサーの説得にも「女房が乗ろうが僕は飛行機には乗らない」とかたくなに拒絶し、田中プロデューサーや共演者からも批判されたという。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「怪獣島の決戦 ゴジラの息子」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Son of Godzilla 」があります。 スポンサード リンク
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