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サル・ミネオ
サル・ミネオ(Sal Mineo, 1939年1月10日 - 1976年2月12日)は、アメリカ合衆国出身の俳優である。本名はサルヴァトーレ・ミネオ・ジュニア(Salvatore Mineo, Jr.)。 == 生涯 == イタリアのシチリア島から移住してきた両親のもと、ブロンクスに生まれた。8歳でストリート・ギャングに加わり、10歳のときに強盗の容疑で逮捕されたこともあったという。しかしその後、演劇学校に入って俳優としての道を歩むようになった。子役としてユル・ブリンナーの舞台『王様と私』などにも出演している。 1955年、17歳のとき、『理由なき反抗』でジェームズ・ディーンの友人を演じ、アカデミー助演男優賞にノミネートされた。しかしタイプキャストを嫌った彼は『最後の一人まで』ではネイティブ・アメリカンを演じたりと不良少年役からの脱皮を図った。1960年『栄光への脱出』ではホロコーストを生き延びたユダヤ人少年を演じ、再び助演男優賞にノミネート。そのほか、1957年『傷だらけの栄光』、1962年『史上最大の作戦』、1971年『新・猿の惑星』などの映画に出演した。TVドラマ『コンバット!』では、第66話「軍曹が死んだ」、第118話「謎の兵隊」、第132話「銃口の前で」の3話にゲスト出演している他、テレビや舞台への出演、舞台の演出家としても活躍を続けていた。 1976年、キア・デュリアとの二人舞台のリハーサルからウェスト・ハリウッドの自宅に戻る途中、暴漢に心臓を刺されて死亡した〔Obituary ''Variety'', February 18, 1976, page 126.〕。しかし、事件現場一帯がゲイ・タウンであり、ミネオ自身もゲイだと疑われていたことなどもあり、多くの憶測を生んだ。アフリカ系の犯人ライオネル・ウィリアムズは一年後に妻の証言から逮捕され、他の10件の強盗事件などで懲役57年の判決を受けた。1990年ごろに仮出所したが、その後も犯罪を起こして逮捕されている。
抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「サル・ミネオ」の詳細全文を読む
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