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ジェームズ・ティソ : ウィキペディア日本語版
ジェームズ・ティソ

ジェームズ=ジョセフ=ジャック・ティソ (''James-Joseph-Jacques Tissot''、1836年10月15日 - 1902年8月8日)は、フランス画家版画家ジェームズ・ティソ(''James Tissot'' )の名で知られている。ナント出身。

== 経歴 ==
ジェームズ・ティソは、1836年、フランス西部の町ナントに生まれた。その後、パリに出てイポリット・フランドランルイ・ラモットに絵を学んだ〔若桑みどり他編 『世界美術大事典 3』 小学館、1989年、p.414第2段.〕。1859年、サロンに出品し、初入選を果たした〔秋山光和他編 『新潮 世界美術辞典』 新潮社、1985年、p.967右段.〕。普仏戦争(1870-71年)を経てパリ・コミューンに参加した後、イギリスのロンドンに渡り、多くの作品を制作した〔〔〔佐々木英也監修(ハロルド・オズボーン原著) 『オックスフォード西洋美術事典』 講談社、1989年、p.670右段.〕。10年ほど滞在した後、帰国し、パリに戻った〔〔。パリでは、1885年にサロンに出品した風俗画『パリの女』( )で成功を収め、流行画家となった〔。しかし、信仰上の危機に襲われた彼は、再び祖国を離れ、パレスチナに10年ほど滞在した〔。パレスチナから帰国後は、フランス東部のドゥー県シュヌセ=ビュイヨンにある修道院聖書の挿絵に取り組んだ〔。1902年、同地にて死去した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ジェームズ・ティソ」の詳細全文を読む



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